労働あ・ら・かると
就職試験の受験料をめぐる論議に想う
少し前ですが、大学受験生を持つ親同士の会話が、新橋の居酒屋の隣の席から聞こえてきました。「浪人したから今年こそ受かって欲しいけど、何とか合格したらしたで入学金と初年度の授業料の工面をしなければ……….。」「しかし現役の時は5校受験して全滅し、受験料だって馬鹿にならなかったのに、今回は何と12校も受けたんだぜ。参った 参った。」という、親御さんの溜息と共に吐き出される言葉は、こちらの酔いの回りをいったん止めるほど重いものでした。東京在住の方でこの状況ですから、地方から受験のために上京させたり、下宿させたりするコストは大変なものであろうことは、想像に難くありません。私大の平均受験料は約3万5,000円(国公立でもセンター試験料と二次試験料を合計するとそんなに変わりはないと思ってもよさそうです。)と言われていますから、12校も受験料を支払う(=おそらく40万円位)親御さんのグチ酒ボヤキ酒にもついつい共感して、こちらのお酒も進もうというものです。
前後して、インターネットのニュース配信で「大手IT企業が入社希望者から受験料を徴収する制度を導入した問題で、厚生労働省東京労働局が行政指導をしていた。」という記事が配信されました。この企業は自社HPで「本気の方だけ受験してほしい。」と、自社のサービス名称「ニコニコ動画」にちなんで2,525円の新卒の方の入社試験に受験料を徴収することにしたと表明しています。収益を目標としたものではなく、首都圏以外の就活生からは、交通費や就職活動における不利な状況を配慮して免除し、受取った受験料は全額寄付するとも宣言しているので、この企業に対しての、行政指導の内容がどのようなものか、とても関心をそそられます。
考えられる法的根拠は、職業安定法第39条(報酬受領の禁止)の「労働者の募集を行う者及び第36条第1項又は第3項の規定により労働者の募集に従事する者(以下「募集受託者」という。)は、募集に応じた労働者から、その募集に関し、いかなる名義でも、報酬を受けてはならない。」という規定、同法第37条(募集の制限) の「厚生労働大臣又は公共職業安定所長は、厚生労働省令で定めるところにより、労働力の需要供給を調整するため特に必要があるときは、労働者の募集(前条第一項の規定によるものを除く。)に関し、募集時期、募集人員、募集地域その他募集方法について、理由を付して制限することができる。」といったところですが、この求人企業のHPによれば、今回は指導ではなく「助言」で口頭のみで行われ、根拠法は職業安定法第48条の2ということのようです。
私は、自分の仕事や、様々な発想を巡らせるときに、単純に「法律に書かれているからダメ」という発想は極力排すべきと思っています。なぜその法律条項が生まれたのか、その法律が禁じている行為が為されると、誰がどのように被害を受け、公正な社会の実現と反することになるのかを思索することはとても大事です。
今回の「受験料」がそもそも「報酬」に該当するのかどうか、また戦後の民主国家作りに大きな役割を果たした職業安定法が想定していた害毒(おそらく就職困難な状況の求職者の弱みに付け入って金銭を詐取する輩等)が、今現在どのような状況なのか、その排除の仕組みに今の職業安定法の規定が最適なのかを含め、論議されることが必要だと思います。
もちろん、冒頭申し上げた大学受験料の話が、社会的に格差を助長していないか(奨学金だけでなく受験料免除制度が有効に機能しているか/家庭の経済状態が大学進学の機会を奪っていないのか)の観点でも論じられることを思えば、今回の「就職試験受験料」制度が社会的に広がることに直ちに賛同することに躊躇するものの、一方で膨大な数の(その一人ひとりは必死な)就活生に応対して、十分に「お互いの」相性を見極めることが困難になっている「人気」企業の採用業務の状態を知れば、何らかの方法を講じて「ミスマッチ採用を避けたい」という観点での検討も必要だとつくづく思います。
今回の「助言」が法を笠に着たものでなく、求人企業の考え方に一定の理解を示しつつ行われたことは、行政のあり方として好感を持ちます。また、この求人企業も、自社の考え方をきちんとHP上に公開していることも素晴らしいと思います。
これを機に、1人で100社以上にエントリーすることが当たり前になってしまい、またそのエントリーシートの書き方や応募手続きを代行するビジネスまでが生まれてきてしまっている現在のWeb時代の就職活動の状態について、大いに議論して衆知を集め、冷静に見直すことができればと思います。
注:(この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)
【岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長】