インフォメーション

労働あ・ら・かると

国民年金の未納問題について

日本大学 法学部 教授 矢野 聡

国民年金は、日本国憲法と大きなかかわりを持つ。厚生年金保険法が、労働者年金保険法としてすでに戦前から立法化(1941年)されていたのに対し、国民年金は、主に自営業者などの非雇用者向けに、1959年に成立した。その第一条には、「日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基づき、老齢、障害、または死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与する」ことを目的とすると説いている。つまり憲法第二十五条の条項を直接の法源とする制度である。

公的年金は高齢者の収入のおよそ7割(国民生活基礎調査)を占め、老後の社会保障と生活の安定にとって欠かすことのできない仕組みであり、その重要性は一層増している。国民年金は、その基礎部分を構成する重要な位置を占める。にもかかわらず、主にマスコミや一部の誤った認識を持つ評論家、経済・財政学者等のあおりもあって、若者ら国民年金の拠出世代からの保険料未納が問題化されてきた。国民年金未納者とは、保険料納付の義務を負うことになっているが、加入の手続きをしないものや保険料を支払わないもののことをいう。厚生労働省年金局と日本年金機構によって、国民年金の納付率(現年度分)の統計が順次発表されているが、これによると、毎年80%台を保っていた納付率が、年金徴収に関する所轄が国から自治体に代わった2002年から急激に落ち始め、60%台に推移した。さらに民主党政権が成立した2009年に50%台に落ち込み、4年続けて50%台で低迷している。ちなみに厚生労働省によると、2013年の保険料納付率は60%台に回復している、とのことである。

国民年金の未納者の比率が多いからといって、公的年金制度全体の信用が揺らいでいるわけではない。納付率ほぼ100%の厚生年金、共済組合を加えた全体から見れば、5%程度である。周知のように国民年金は第1号被保険者によって構成され、これが未納問題の核を構成している。その第1号被保険者であるが、制度の発足当初は勤労者以外の自営業者がその主流であった。農業従事者や小売店、そしてさまざまな小規模零細業種が大きな割合を占めていたからである。しかし現在では就業の状況が大きく変わった。第1号被保険者の就業構造を厚生労働省の資料でみると、最も多いのが「無職」で38.9%、続いて「臨時・パート」が28.3%となっており、自営業は家族従事者を加えても22.2%に過ぎない。無業を含む不安定就労者が国民年金全体の6割以上を占める中での保険料未納問題なのである。

さて、未納者も様々であるが、大別すると2つある。すなわち、「所得が多く、保険料を支払う能力があるが滞納しているもの」と「所得が低く、経済的に保険料を支払うのが困難であるもの」である。厚生労働省「平成23年度国民年金被保険者実態調査」によると、第1号被保険者1864万人中、未加入・未納者は305万人(16.4%)であった。このうち前者では、世帯総所得金額が1000万円を超えるものでも、3.0%が保険料納付を行っていなかった。理由で多いのは「保険料が高く支払うのが困難」、「年金制度の将来が不安、信用できない」などというものであった。後者では、未納者の総所得金額平均は295万円で、比率が高い年齢層は30~34歳である。理由は高所得者の者と同様であった。

このように公的年金制度の持続が疑問視されて、未納者を勢いづかせているという一端が明らかになっている。政府は不安定就労者の厚生年金適用拡大や高所得の未納者に対して、年金機構を通じた個別訪問や罰則強化を図ること等により、収納率の向上に努めている。民主党の年金改革は、すでに勉強不足が露呈した。将来を予見できないグローバル金融のただ中で積み立て方式を進める評論家の無責任さ、危うさも広く知れ渡るようになった。また生活保護制度が招く社会的排除の恐ろしさも知らずに、年金がなくとも生活保護申請すればよい、などと公言する評論家もさすがに最近では見かけない。年金制度は、いかなる政府になろうと拠出した事実によって給付の権利を主張できる強みがある。逆にどのような理由であれ、納付した事実がなければ年金が受け取れない。この義務と責任の明確化こそが、今の日本に欠けている意識であり、年少児から権利と同様に義務について教育しなければならない理由である。