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新社会人のみなさんへ「もっと給与明細をよく見よう」

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 街なかでは、研修が始まったばかりと思える新人らしき集団が目につきます。
 漏れ聞こえてしまう新社会人同士の会話からは、その就職先企業が行っている新入生の導入教育の内容が測り知れます(別に企業秘密らしきことを声高に話しているわけではありません。念のため。)し、何より微笑ましいのは、その日受けた研修内容を貪欲に吸収している頼もしい新社会人男女の表情です。

 そろそろ初の給与明細を受取った方もいるでしょう。皆さんの給与の「額面」と「手取り」を良く見て知っていただきたいと思います。給与明細の「支給総額」と「振込額」には真っ先に目が行くでしょうが、よく見て戴きたいのは「控除」の欄です。
 まずは税金。筆者が若い頃には「税を納めて初めて一人前の社会人。」と言われたこともありました。ここで「天引き」され、納税者になった自負心を是非持って欲しいと思うのです。「住民税(住んでいる都道府県と市区町村に納める2つの地方税)」は、前年所得に対して課せられるものですからまだ空欄かとは思いますが、「所得税」はしっかり引かれているはずです。
 「税」の果たす役割のひとつについて「富の再分配」という知識はお持ちでしょうから、さらに深くその持つ意味を調べ、その使い道に関心を持つ市民になっていただきたいと思います。

 「天引き」されるのは、税ばかりではありません。「健康保険料」「厚生年金保険料」、といった社会保険料、また労働保険とも呼ばれる「雇用保険料」も徴収されている筈です。
 その合計額の意外な大きさにびっくりする方もいると思いますが、それぞれの保険の持つ意味や使われ方にも、また関心を持つことを提案したいのです。
 今はWeb社会の発達により、情報を集めることは以前よりずっと簡単です。前述のそれぞれについて、PCやスマートホンを使って調べることは難なくできることですから、是非あなたが納めた税や社会保険の内容を知り、その使い道に関心を持つ社会人になって欲しいのです。
 税が「富の再分配」の機能を持つとすれば、様々な「社会保険」は、この国全体の「相互扶助」の機能を果たしていると言えると思います。
 理解してほしいのは、「相互扶助」だということは「自分への積立貯金」ではないのだ、ということです。

 不幸にして「労災保険の給付」を受ける事態に遭遇してしまった方に労災保険を支払うことに異議のある方は余りいないと思いますし、「労災保険を受給しないで済んだ。」幸運にありがたく思うことでしょう。なお、労災保険料は事業主のみが負担しています。「健康保険」にしても、「使わなくて良い健康状態」であることについて感謝の心が湧いたとしても、けして「保険料の支払い損」ではないと考えるべきではないでしょうか。
 健康な自分が支払った(雇用主も負担している)保険料が、この社会の病める人や傷ついた人の治療費用に使われるのは、当然保険制度の本来あるべき姿だと思います。
 しかし「雇用保険」になると、少し違う感覚を感じる会話も街で聞こえないわけではありません。不幸にして(あるいは自ら選択して)失業状態になった時、一定期間とても頼りになる保険制度ではありますが、「個人保険」ではなく「社会保険」であるのにもかかわらず「自分が積み立てた失業に備えた貯金」と錯覚しているのではないかと思える言葉が聞こえたりすることがあります。当面、再就職する意思もなく具体的な求職活動もしないのに、雇用保険給付申請をする事例は多く見聞きします。

 このところの労働行政方針は、「雇用維持型」から「労働移動支援型」に舵を切った、と言われます。この「労働移動」の間隙に、場合によっては失業=無収入の期間がある場合には「雇用保険」はたいへんありがたい制度だと思います。しかし、できることなら「失業なき労働移動」としての転職を実現するように、日々常に準備し、失業してからではなく、在職中から民間人材紹介サービスなどを利用して「次の就職先」を決めてから(雇用保険を受給することなく)転職することを心掛けることを提案したいのです。
 そうすれば限りある雇用保険財源を、本当に扶助を必要とする方々により厚く回せると思うわけです。

 文末にもうひとつお願いしたいことがあります。まだ最初の給与明細では、試用期間中でしょうから労働組合のある会社でも組合員でない方がほとんどで、「組合費」は控除されていないことと思いますが、試用期間が終了しユニオンショップ制の組合のある企業に就職された方は組合員となり、「組合費」を納め始めることになると思います。
 納税者として税の使い道に関心を持ち、選挙で投票すること同様に、組合員として執行部の話や説明によく耳を傾けるべきと思います。企業内組合の是非論はありますが、企業内だからこそ、働く立場から勤務先企業がどう見えているのかの視点も得て欲しいのです。組合の組織率の低下が取り沙汰されて随分になりますが、日本における企業内組合の果たしている役割にも注目し、自分の勤務する企業を見る「多角的な眼」のひとつとして、組合員に視点を忘れてはなりません。

 初給与明細をじっくり見つめるだけで、それぞれの項目についてWebで調べるだけで、新社会人の視野の広がり、深まりにつながることを期待しています。

 筆者は「スマホを止めよう」とは申しません。「スマホを活用して情報を収集して吸収しよう。」と提案します。もちろん、「迷惑な歩きスマホ・ながらスマホは絶対止めよう!」も。

注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)