インフォメーション

労働あ・ら・かると

わが国企業の経営課題と対策について考える―その5.イノベーションの推進が企業の発展を実現する

MMC総研代表 小柳勝二郎

 最近、企業トップの経営方針の説明や入社式の挨拶、社員同士の会話や大学の卒業式における学長挨拶等いろんな場でよく出てくるのが「イノベーション」という言葉です。経営とのつながりで出てくる場合は意味合いが分かり易いですが、政治家が演説でこれから社会を良くするために大事なのはイノベーションですと言われるとなんとなくわかるようで、具体的に何を言いたいのか本当のところはよくわからない場合もあります。このようにイノベーションは、使い勝手がよく、いろんなところでこの言葉が氾濫しています。

 イノベーション(innovation)は、技術革新と狭い意味でとらえているものもありますが、
辞書等で見ると、刷新、新機軸、生産技術の革新だけでなく、新製品の導入、新資源の開拓新しい経営組織・仕事の仕方などかなり広い概念で捉えています。
 文部科学省ではイノベーションをどのように考えているのか見ることにしましょう。
「イノベーションとは、新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産する事であり、生産とは、モノや力を結合することで、具体的な例として、①創造的活動による新製品開発、②新生産方法の導入、③新マーケットの開拓、④新たな資源(供給源の獲得、⑤組織の改革などをあげています。
 経団連は「イノベーション立国」を目指すとして、資源の乏しく人口減少が続く我が国が持続的に発展・成長していくためには新たな需要を創出していくことが重要とし、そのためには蓄積された知識、技術等を最大限活用して、広い視点に立ってイノベーションを起こすことが必要で、その担い手は企業としています。

 そもそも、イノベーションという言葉は1911年にオーストリア出身の経済学者であるシュンペーターの著書「経済発展の理論」で書かれているもので、次のように定義されています。「イノベーションとは、物事の新結合、新機軸、新しい捉え方、新しい活用方法を想像する行為のことで、単に技術革新を指すのではなく、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する」としています。シュンペーターとの関わりで有名な「創造的破壊」という言葉があります。新たなものを創造することで現状・既存のものを破壊し、経済の活力を高め、成長を実現するということがこの言葉に込められえいるといってよいでしょう。
 企業が今までの延長で仕事をすることで成長はするでしょうが、企業が発展・成長していくためには、広い分野で顧客ニーズを掘り起こすような新たな価値を創造することが大切であるということになります。

 イノベーションを起こすことができるのは人です。人材をどのように確保し、教育・活用するか、イノベーションを起こしやすい組織をどのように作るかは、企業経営においては大変重要な点です。この点を述べる前にどのようなイノベーションがあるのかポイントのみ見ることにします。

・持続的イノベーションと破壊的イノベーション
  技術の開発に当たっては今まで活用してきた技術を継続的に改良して性能を高める「持続的イノベーション」と従来と異なる価値基準を市場に持ち込んでイノベーションを起こす「破壊的イノベーション」があります。企業では基本的には持続的イノベーションで機能を高めて新しい製品を市場に提供していく考え方が多いでしょうが、例えば、聞く機能だけのラジオから聞くと見ることを兼ねたテレビの登場などは破壊的イノベーションと言ってよいでしょう。

・プロダクトイノベーションとプロセスイノベーション
 「プロダクトイノベーション」は、製品に関する技術革新で、独創的、先進的な新たな製品を生み出すことによって競争力を高めることが可能になります。「プロセスイノベーション」は、生産、流通、サービスのプロセス、工程などを変更することで効率化を図り、時間、原価の低減、品質を高めること等で競争力を強める改革で、どちらも重要です。

・クローズドイノベーションとオープンイノベーション
  「クローズドイノベーション」は、日本の大企業が最近まで実施してきた研究開発の仕方です。つまり、企業内の経営資源を活用して自社内で研究開発から製品化までを行う考え方です。経営環境の変化が早く企業はそのような考え方だけでは対応が難しくなったこと等で、最近は「オープンイノベーション」が強まってきています。これは自社で開発した技術でも使う必要のないものは他企業に売却するとか貸与して使用料を得るとか、自社以外で開発された技術等で活用できるものは積極的に活用するなどの動きになっています。
  最近の例としては、トヨタ自動車が水素自動車の販売拡大との関連で高額な費用の掛かる水素ステーションの拡大が必要になります。その環境を整備するためには多くの自動車メーカが水素自動車を生産し、その環境整備を早く実現するために、水素自動車の製造で蓄積した知財を無料で他社が活用できるようにオープンにしたということでマスコミに大きく報道されたのは記憶に新しいところです。多くの企業で知財が蓄積され有効に活用されていれば問題はないと思いますが、実際は有効に活用されていないものも多くあるといわれています。せっかくの知的財産の眠らせておくことなく有効活用できるようにすることは社会全体にとって好ましい方向といってよいでしょう。

 社内のイノベーションを活発にするためには企業は何をしたらよいのでしょうか。
 イノベーションを実現する視点は大きく二つあります。一つは、自社の業務を通じて新技術が開発されて、企業が目指すべき目標の製・商品、サービスと現在のギャップを埋める研究開発の努力をすることでイノベーションが必要になります。このようなアプローチを「テクノロジープッシュ」と呼び、多くの企業が取り組んでいます。
 もう一つは、顧客のニーズが先にあり、それを実現するために自社の現状の技術レベルでは難しい場合は多々あります。それを埋めるためにはイノベーションが必要になります、このようなアプローチの仕方を「マーケットプル」といいます。いずれのアプローチもイノベーションにとって重要です。社会へのインパクトはどのような製・商品、サービスを社会に提供するかによって異なりますが、マーケットプルでのイノベーションがシュンペーターの創造的破壊的要素があるため、社会に対するインパクトが強いように思われます。
 いずれにしても経済・社会や企業が発展するためにはイノベーションは欠かせない視点であり、それを実現するのは人の知恵、能力です。人材の確保・育成・活用、それを生かす組織環境、トップの能力等の合致がイノベーションの実現にとって極めて重要です。