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「若者雇用促進法案」の今後の進化に注目する

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 派遣法改正案の論議の影になってしまったのか、マスコミの報道も派遣法改正案ほどではなかったように思いますが、派遣法改正案が成立した9月11日、「勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案」も衆議院で可決成立しました。(https://www.chosakai.co.jp/information/14462/
 この法案は名称変更も含まれ、10月以降は「青少年の雇用の促進等に関する法律(通称:若者雇用促進法)」となるそうです。さすがに「勤労青少年」のイメージは今の時代では「三丁目の夕日」時代の印象のようです。

 この法案の原案が公表され、当初通読した時点では、正直申し上げて違和感を覚えるところがありました。まず、対象とする「若者」の定義が曖昧であること、「新卒求人」「ハローワーク」のみ対象としているかのように見えること、そして民間職業紹介の業界では既に広く使用されている「キャリアコンサルタント」の名称について、これを一定の選考を通過した者のみの登録制・独占使用とすることなど、全体として漠然とした印象の中に、見方によってはやや一方的とも受け取れる、職業紹介業界にとって結構厳しい項目も含まれていたからです。

 当初一番強い違和感を持ったのは「ハローワークは、一定の労働関係法令違反の求人者について、新卒者の求人申込みを受理しないことができることとする。」という、いわゆる「ブラック企業の求人でも受け付けなければならない」とする「全件受理の原則(職業安定法第5条の5/公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求人の申込みはすべて受理しなければならない。但し……)」について、「学校卒業見込者等求人について、その求人者がした労働に関する法律の規定であって政令で定めるものの違反に関し、法律に基づく処分、公表その他の措置が講じられたときは、職業安定法第五条の五の規定にかかわらず、その申込みを受理しないことができる。」との例外規定が盛り込まれていたことです。
 現状大学新卒求人の多くは、必ずしもハローワーク経由ではなく、いわゆる就活サイトによって進められていることは周知の事実です。またこれらの就活サイトは、法体系上は「求人情報提供」「文書募集」といった括りで整理されることも多いのですが、「職業紹介」の仕組みでも求人が寄せられ始めていることは、日頃の人材協の事業相談においても現れてきています。
 そうなると、この法案がこのまま成立しているので、いわゆるブラック企業求人について、ハローワークは不受理と出来ても、民間紹介事業者は受理しないと職業安定法違反となってしまうという事態が予想されます。ただでさえ、雇用主としての採用責任を紹介事業者に押しつけたり、内定取消しを紹介事業者に強いるという不良求人者の対処についての相談が増加している状況の中、「ハローワークはブラック求人を断れるのに、民間紹介事業者は断ると法違反となる。」事態は、立法趣旨とは異なるのではないかという印象を持ちました。
 社名公表手続きとなっていれば、その事実を人材のみなさんに知らせつつ、求人は受理するという苦肉の策も思いつきますが、公表されない段階の残業代不払いや違法時間外労働について指導中の求人企業については、労働基準監督署から公共職業安定所(ハローワーク)へ、同じ労働局という行政機関内で情報共有もでき得るでしょうが、民間人材紹介事業者としては知り得る術がありません。最悪のシミュレーションとしては、「ハローワーク求人は、ブラック企業のものは入っていないけれど、民間紹介事業者のものはブラック求人も全部受け付けている。だから民間事業者の求人は信用できない。」ということになりかねません。

 もう一点、「ブラック求人」は、新卒求人に限られたものではありませんし、第二新卒求人はもとより、年齢制限のない多くの求人の中にも混在していると見た方がよいと思います。若者だけに限るのはスタート時点ではやむをえなくても、早急に全求人に拡大すべき課題だと思います。これも、当初原案に違和感を覚えた1つです。

 「幸いに」というより「参議院厚生労働委員会の見識として」という枕詞が適切だと思いますが、先議された参議院において附帯決議が為され、本件については「公共職業安定所(ハローワーク)における求人不受理については、学校卒業見込者等求人に限定されることから、法の施行状況を踏まえ、不受理とする求人者の範囲及び不受理の対象となる求人の範囲の拡大を検討すること。また、職業紹介事業者については、ハローワークに準じた取扱いを行うことが望ましいこと及びそのための具体的方法を青少年の雇用の促進等に関する法律第七条の指針(大臣指針)に明記するとともに、その周知徹底を図ること。」とされました。
 附帯決議には法的拘束力がないとはいえ、政治的効果は十分にあり、今後の労働政策でどのようにこの付帯決議を尊重した指針が策定されるのか、それによって民間職業紹介事業においても、一定の悪質な求人を実務上混乱なく不受理と出来る仕組みを作り出すことができるのか、注目したいと思います。

 今回の附帯決議には、これ以外にも「職業紹介事業者に対しても、求人事業主に職場情報の提供を積極的に求めるよう促すこと。」「応募者等が具体的な項目についての情報提供を求めた場合には、特段の事情がない限り、応募者等が求めた情報を提供するよう事業主に促すこと。」といった項目が含まれており、おそらく「産業に必要な労働力を充足し、もって職業の安定を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与する」という職業安定法の目的や「採用の自由」の法理を背景とした「全件受理」の原則について、従来悩まされてきた職業安定行政や民間職業紹介事業に大きな変化をもたらすことにつながりそうに思えます。
 もちろんこのことを逆手にとって、職業紹介事業の公共性を忘れ、収益のみを優先して人材の基本的人権や良心を踏みにじり、「美味しいとこ取り」をするような事業者の闊歩を許してはならないとも思います。

 今回の若者雇用促進法には、もう1つ、大きく民間職業紹介事業の現場に影響を与えそうな項目があります。
 それは従来紹介業界で、特に試験制度があったわけでもない時代からよく使用されてきた「キャリアコンサルタント」という名称について、登録制度を設け名称独占とすることです。もちろん「キャリアコンサルタント」の資質を担保し、レベルアップを図る目的は理解しますが、従来名刺に刷ってきたものを使い切る位の時間的余裕は、配慮していただけたらと思っています。

 いずれにしても「新卒一括採用」のみで、産業界は人材を確保できているわけではないのですから、今回の(答弁では概ね35歳までを若者と呼ぶそうですが)若者雇用促進法の主旨は、年齢に関わらず適用範囲が広がるであろう、また公共職業安定所のみでなく「官民連携した職業紹介(職業安定法第5条の2)」全体をカバーするものになるであろう、‘次の進化’を期待して注目したいと思っています。
以上

注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)