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労働あ・ら・かると

商品のラベルを通して「働く姿」を見透すことの大切さ

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 商品を購入するとき、それが食品の場合は、添加物の内容や消費・賞味期限を確認することは、ずいぶん浸透した良い消費習慣だと思います。昭和の時代の話ですが、乳児用ミルクにヒ素が混入した事件の記憶がある筆者は、その後一時期食料品にかかわる業務に従事した経験があることもあり、スーパーやコンビニ、百貨店等で物品を購入する際には、その品質表示に目を通すことが習い性となっています。

話が飛ぶようですが、ここ数年、日本の労働行政の「過重労働対策」は、過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)の発足をはじめ、ずいぶん強化されているように思います。タイムカード上の労働時間を過少申告させる大企業で月100時間近い時間外労働の結果、くも膜下出血で亡くなった親しかった若い友人の記憶もある筆者としては、過重労働で死者を出しても摘発されても反省のない居酒屋には行かない、長時間労働によって運営されている流通業の店舗からは物品を購入しないという姿勢を貫き、モノの消費に限らず、サービスを提供する企業についても「まっとうな働き方」によるサービスかどうかをよく見極めて利用したいと思っているわけです。

先日も企業名を公表しての行政指導が、千葉労働局により棚卸代行業に対して出されたとの報道がありましたが、それ以前から靴小売りや居酒屋、牛丼のチェーン店舗が、書類送検後に企業名を公表されています。
今年の3月からは、勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律(若者雇用促進法)の施行により、昭和22年以来の職業安定法の「全件受理の原則」に(今のところ新卒求人に限ってですが)例外が設置され、一定の労働関係法令違反があった事業所など、いわゆるブラック企業からの求人を、ハローワークや民間職業紹介会社は受け付けないことができるようになりました。また企業規模を問わず、新卒者を募集するにあたっては、幅広い情報提供を努力義務とし、応募者等からの求めがあった場合は、募集・採用に関する状況、労働時間などに関する状況、職業能力の開発・向上に関する状況などの1つ以上の情報提供を義務付けることが始まりました。
これらの施策は、社会経験の浅い若者が、劣悪な労働環境の勤務先に就職してしまうことを防ぐ目的が第一義なわけですが、それだけでは、コストカットを掲げて悪質な原材料を使用したり、製品性能を偽って不正に競争に勝とうとする企業、人権を無視した労務管理によって人件費を不当に圧縮して利益を確保しようとする雇用主を社会からなくすことはできないと思います。
いわゆる「ブラック企業」を撲滅するには、新卒学生の保護の視点だけでなく、消費者がモノを購入したりサービスの提供を受ける際に、材料・製品や衛生管理について神経をとがらせることに留まらず、賞味・消費期限や添加物の表示に目を凝らすと同様に、製造やサービス提供をする人たちの「働く姿」を見透す習慣が大事ではないかと思うわけです。

申し上げた労働行政の動向は日本国内の話ですが、原材料を中国で加工していたハンバーガーチェーンが、その品質管理の実態がWeb上に流れて、企業経営に大きなダメージを受けたという報道もありました。モノの製造拠点も国際化し、使用材料の信頼性に目が届きにくくなっているこの時代というのは、海外にも目を向けて、材料や添加物だけでなく、その生産にかかわっている「労働の質・内容」を推し量ることもしなければならない「グローバル化時代」でもある側面を痛感します。

第1次石油ショックより前の昭和の時代、「日本人は働き過ぎ」との海外から批判を受けた際記憶にあるのは、「不当に安い労働で生産したもので、国際的な市場で価格競争をするのは公正でない。」との日本に向けられた指摘でした。その指摘に応えることもあって、完全週休二日制の普及をはじめとした労働時間短縮の流れができ、祝日も増加して今日に至っています。
今、「安い労働力を求めて」アジア各地に進出する日本をはじめとした各国企業は、企業進出によって現地での雇用を創出している面もありますが、一方で「コスト競争」の名の下に現地での雇用・労働者を確保し、また現地企業の劣悪な労働条件によって安価に作られる部品や材料を購入している現実があります。
忘れてはならないのは、パキスタンのマララさんと同時に2014年にノーベル平和賞を受けたインドのカイラシュ・サティヤルティさんの児童労働反対活動です。
筆者が初めてサティヤルティさんの名を知ったのは、2002年の日韓共催ワールドカップの前年に来日して、使用されるサッカーボールの多くがインドやパキスタンでの児童労働によって作られていることを訴えている記事を読んでからです。その後ワールドカップを主宰するFIFAは、児童労働によって作られたサッカーボールは公式球としないとしているそうですし、児童労働など不当な搾取が行われていないことを示すフェアトレードのマークが入っているサッカーボールの普及も進んでいると聞きます。
2013年にバングラデシュ(世界有数の縫製品輸出国)の首都ダッカ近郊で起きた、欧州ブランド向けを中心とした衣料を生産する8階建て違法建築ビルの縫製工場崩壊現場では、1000名を超す死者が出たことも記憶に新たです。筆者はこのニュースを聞いたとき、昭和の時代に小学校のストーブの石炭当番をした直後、映画館のニュースで日本の炭鉱での炭塵爆発事故が報じられているのを見て、自分の運んだ石炭と、粉塵まみれで負傷して運び出される炭鉱労働者の画像が二重写しになったことを思い出しました。あれから半世紀経過した今のバングラデシュの事故の悲惨な模様も過去の記憶と重なったことは言うまでもありません。

製品の品質表示欄に、児童労働に拠って生産されたものでない表示、日本国内産のものであっても過重労働に拠って生産されたものでない表示が記載され、不当な労働によって低価格を実現している製品かどうかその製造拠点が遠く海外にあっても見抜く視点を消費者が身に着け、日本国内の過重労働や海外での児童労働によって作られた製品は購入しないという姿勢が、世界中に普及すれば、ILOが21世紀の目標として掲げた「ディーセントワーク(Decent work、働きがいのある人間らしい仕事)」の実現が一歩近づくのではないかと、児童労働反対月間の6月を前にして、過重労働摘発の企業名公表記事を読み、改めて思っているところです。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)