労働あ・ら・かると
カリフォルニア州法に見る差別禁止規定のダイナミズムとLGBTQの権利
東京パブリック法律事務所(外国人・国際部門)弁護士 板倉由実
(注:LBGTQ=Lesbian (レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual (バイセクシュアル)、Transgender (トランスジェンダー。身体上の性別に違和感を持った人)のほか、Questioning(クエスチョニング。自身の性自認や性的指向が定まっていない人)といったいわゆる性的少数者の総称)
数年前、アップルのCEOであるティム・クックさんが、ゲイであることを公表し話題になりました。これまでも秘密にしていたわけではないとのことですが、あえて公表した理由が素晴らしく、大変に感動した記憶があります。「アップルのCEOである自分がゲイであること公表することで自分自身(のアイデンティティ)に葛藤し、孤独を感じている人の助けになったり、人々が平等を主張することを奮い立たせることができるのであれば自分のプライバシーを公表することに価値があるのではないか」というものでした。
こうした感性を持つ人物が世界的企業のトップに立っているのが、アメリカであり、世界的IT企業の中心地であるシリコンバレーのあるカリフォルニア州なのですが、カリフォルニア州は、性差別に関する法律についてもとても素晴らしいものです。
アメリカと言えば、1964年公民権法の第7編(以下「タイトルセブン」といいます)が有名です。アメリカのタイトルセブンは、人種、皮膚の色、宗教、性、出身国を理由とする雇用差別を禁止する包括的な差別禁止規定となっています。
しかし、「性(sex)」の解釈をめぐっては、裁判上、いろいろな論争があります。これは、日本と同じく、タイトルセブンの制定当時、性(sex)と言えば、生物学的な意味での男女という二分論しか想定しておらず、現実にある性の多様性と条文との齟齬(そご)が出てきたためです。つまり、性(sex)のなかに、女はこうあるべき、男はこうあるべきという社会的性役割の押しつけ(gender stereotyping) や性的指向(sexual orientation)は含まれるのかとか、同性間でのセクハラは性差別としてタイトルセブンに違反するのか、ということが問題になってきたのです。
例えば、男性上司から女性の部下に対する「もっと女性らしい服装や髪形にしたまえ」、「彼女は女性なのにアグレッシブすぎだ(なので企業のパートナーとしては不適格)」という言動や社会的性役割の押しつけによる昇格差別が問題になった事件、男性の上司から男性部下に対するセクハラ事件、男性として採用された後、トランスジェンダーであり、性転換手術の予定があることを告白し、女性として勤務開始したいと述べたことから、採用取り消しとなった事件など枚挙にいとまがないほどです。ここでは詳細に説明しませんが、いずれも原告勝訴し、右の採用取消事件については、約50万ドル(1ドル100円として5,000万円)の賠償金の支払命令が出ています。なお、1991年の法改正で懲罰的制裁制度が導入され、セクハラや性差別に関する裁判で1,000万円を超える高額の支払いが命じられることは珍しいことではありません。
ところで、連邦法であるタイトルセブンの解釈論争や性の多様性に対応するため、カリフォルニア州法は、差別禁止の理由に性(sex) のみならず、婚姻の有無・形式、社会的性、社会的性自認、社会的性の表現、性的指向を明記しています。この他にも、同じ条文上で、人種、宗教的信条、皮膚の色、出身国、祖先、身体的障害、精神的障害、医療状況、遺伝子情報、年齢、軍・退役後の地位に基づく雇用差別を包括的に禁止しています。すなわち、雇用における包括的差別禁止規定となっているのです。ダイバーシティの理念が具現化された緻密な法文には圧倒されます。
こうした「多様な性」を巡る裁判や法制定の背景には、法律家団体やLGBTコミュニティや女性団体等の市民団体の精力的なロビー活動があるとのことです。アメリカでも労働組合の組織率が低下しています。私が留学中にインタビューしたある労働法の研究者は、労働組合自体が保守的であったり、男性中心主義であったり、また、「何にもしてくれない」というイメージがあるため、労働者自身が労働組合に期待をしなくなっていると言います。しかし、一方で、労組以外の市民団体の方が、敏感な反差別意識をもって積極的かつ具体的な活動をしています。また、一般の市民が反差別のデモに気軽に参加したり、人権団体やNPOに寄付をするなどして、様々な社会活動に参画しています。画期的な裁判や法制定の背景には、国民一人ひとりに異なる他者へのアイデンティティや意見表明への尊重の意識があるのだなと思います。
以上