労働あ・ら・かると
「ハラ度計」はないのだから
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
「腹時計」の誤変換やオヤジギャグではありません。「ハラスメント度を計測する道具」という意味でタイトルにしました。
セクハラ、パワハラ、アカハラ、モラハラ、ケアハラと、挙げればきりがないほどの「ハラスメント」についての報道や論評が目につく時代となりました。
厚生労働省によれば、パワーハラスメントとは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています(「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」平成30年3月)。さらに次の説明が加えられています。
・上司から部下に対するものに限られず、職務上の地位や人間関係といった「職場内での優位性」を背景にする行為が該当すること
・業務上必要な指示や注意・指導が行われている場合には該当せず、「業務の適正な範囲」を超える行為が該当すること
また「6つの行為類型」として、1)身体的な攻撃 /暴行・傷害 2)精神的な攻撃/脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 3)人間関係からの切り離し /隔離・仲間外し・無視 4)過大な要求/業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 5)過小な要求/業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと 6)個の侵害/私的なことに過度に立ち入ること などが挙げられるそうです。
一方、セクシュアルハラスメント(相手方の意に反する性的言動)については、男女雇用機会均等法第11条により、事業主が、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けたり、または当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されたりすることのないよう、雇用管理上必要な措置を講じなければならないと定めています。
一方、ILOは先月、年次総会で職場でのセクハラを含むハラスメントをなくすため、条約を制定すべきとした委員会報告を採択し、2019年総会でハラスメント対策として初の国際基準となる条約制定を目指すと報道されています。
昭和平成とビジネス人生を送ってきた筆者としては、若い頃を回想すると「ひょっとしてあの場面は、今の時代だったら小生はパワーハラスメントをしたということになるのでは?」と思うこともあり、「叱咤激励とハラスメントはどう異なると定義されていくのだろうか?」と想いを巡らします。
後から知ったのですが、当時小生の部下となった男子社員は、周囲から「あいつの部下は必ず一度は泣かされるから覚悟しろ。」と助言を受けていたそうです。自分を強引に正当化するつもりはありませんが、今で言うハラスメントをする側だったのかもしれないと思うと「忸怩」という文字が心を過ぎります。
ハラスメントの定義と、当時の自らの行動を検証してみると、確かに相手は「部下」や「後輩」ですから、「職務上の地位の優位性」を背景した行為ではあったと思います。しかし、叱責している側としては「業務の適正な範囲」の指示や注意・指導の(したがってハラスメントではない)つもりではあっても、また「育ってほしい」という想いが胸の内にあふれていても、相手方がどう受け止めていたのかというシミュレーションについては、若気の至り要素も含めて不十分だったのではないかという反省がないわけではありません。
もちろん身体的・精神的な攻撃をしたつもりも、仲間外し・無視という「シカト外し」(当時からそういう言葉があったということは事実です) をしたつもりもありません。むしろ「能力」はあるのに「努力」をしない部下の姿勢に腹を立てていた側面があったなぁと思い出します。後年その部下たちと一献傾けた際にも、当事者から「『できるのになぜやらない』と叱られたのはよく覚えている。」と言われました。そして「どうすればできるか具体的に教えてください。」と食って掛かってきた人物は、後年筆者よりずっと社会的に大成しています。この食って掛かりは、筆者としてはとても嬉しく、自分なりには丁寧に情報収集の仕方や上司への提案説得のコツ、課題の整理法などを説明した記憶があります。
しかし平成という元号も間もなく変わる今の時代に、当時の筆者と同じことをしても、果たして相手に通じるのかどうか、こちら側に「育てる愛」があっても、相手が「精神的・身体的苦痛を与えられた!」と受け止められてしまっては、教育育成効果が上がる筈がありません。
Web上の書き込みを見ると、「新社会人だけど昼休みに寝てたら部長に怒られたので会社辞めました。」「さっき辞表出して仕事辞めてきた。研修で1カ月離島に飛ばされるとツイッターできなくなるから」「今日から新社会人だったけれど初日から遅刻で怒られるのは嫌なので会社辞めます」といった言葉が目についてしまって、このような人材たちを採用して育成するのは容易なことではないと思います。
過日お受けした転職相談でも、「営業責任者として、朝礼の場で好成績の者を誉め、数字が予算に至らない者を叱責して、『成績が好調な者は不調なものにノウハウを教えなさい。』『不調なものは、訪問先をもう一か所増やしなさい。好成績な人の技をよく観察して盗みなさい。』と言ったところ、『皆の前で恥をかかされた。パワハラを受けた。』ともう一つ上の上司に訴えられ、その上司からは『ハラスメントは懲戒事項だぞ。』と、強く叱責された。理不尽だ。」「一生懸命営業して実績を挙げた者が報われる企業風土のところに転職したい。」という人材からの訴えを1時間以上伺いました。その場に居合わせたわけではないので、何とも判断はできませんが、心情としてはよく理解できます。
前述のILOでのハラスメント論議の際、国際労働機関が80ヵ国の現状を調査した結果、仕事に関する暴力やハラスメントを規制する国は60ヵ国で、日本は規制の無い国とされたそうです。
委員会の議論では、EU各国や中国、中南米、アフリカ諸国などが条約制定に賛成、米国、ロシアなどは勧告にとどめるべきだと反対、日本は態度を保留したそうですが、ハラスメントと育成の区別・定義がどう明確になっていくのか、関心をもって見守りたいと思っています。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)