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ポケベルサービス終了と「事業場外みなし労働制」

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 過日、TVニュースでポケットベルサービスが来年終了するとの報道をみました。
 昭和の時代の筆者は、勤務先からポケットベルの携行を指示されていました。終業後にこのポケベルが鳴動して宿直室直通の電話番号が表示されていると、近くの公衆電話に走って何があったのかを聞くために連絡をしたものです。当時労務担当だった筆者に入る連絡は、多くの場合その内容は嬉しくないものが多く、やれ社員が残業中に怪我をしただの、帰宅途中に交通事故にあったといったような連絡ばかりでした。表示に「4949(至急至急)」などとあると、ため息をつきながら最近はとんと見かけなくなった電話ボックスを探したものです。
 労務担当から別の部署に異動になった後でも、御巣鷹山日航機墜落事件のあった時には「人事が長く、社員の名前を記憶しているだろうから、何しろTVのテロップを見て、犠牲者名の報道の中に社員の可能性のある名前を見つけたら、メモして報告して。」という宿直からの指示を受けたことがあり、悲しい忘れられない記憶です。
 
 労働基準法第38条の2による事業場外みなし労働の適用についての、今でも有効な通達(昭和63年1月1日基発第1号、婦発第1号)には「事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合」といった表記が、適用対象にできない例として残っているわけですが、現在は携帯電話、PHS、スマートフォンといったモバイル端末の個人の保有率が84.0%(平成29年総務省通信利用動向調査)という時代ですから、ポケットベルサービスが終了するという報道にも「それが時代の流れなのだろう。」という感想がまず湧き上がってきます。
 でも、未だにポケットベルサービスを利用しているのが医療関係者だという報道も併せて耳に入ってくると、これを持たされている医師の方の「応召義務」と「医師の働き方改革」の関係はどうなっているのだろうと、自分が昔ポケットベルを持たされていた時代の「嫌ぁな拘束感覚」がよみがえってきます。
 
 そしてITが進歩した現在において、事業場外みなし労働制を定めている労働基準法第38条の2の「算定しがたい時」という適用の前提が、いったい現実的にあり得るのか、働き方改革法案の審議の際に話題に上っていないように思えるのは私だけでしょうか?
 「阪急トラベルサポート残業代等請求事件/最高裁第二小法廷平成26.1.24」の判例でも、旅行の添乗業務は、詳細な業務報告書もあり、旅行中相応の変更を要する事態が生じた必要な場合は逐次就労業務について個別の指示を受けているので「労働時間を算定し難いとき」とは言えないと判断されたわけで、他の裁判例の、「ほるぷ賃金等請求事件/東京地裁平成9.8.1」(プロモーター社員の展覧会場での展示販売業務)、「大東建託時間外割増賃金請求事件/福井地裁平成13.9.10」(テナント営業社員等の事業場外労働)をはじめとした事例はことごとく「労働時間を算定し難いとき」とは言えないとしているわけで、一体どのような事例が「労働時間を算定しがたい時」と言えるのか、きちんと検討すべきではないでしょうか。
 タクシーの運行管理では、その位置や実車空車もコントロールセンターで把握できる技術進歩の時代に、使用者の管理下の労働者がどこで何をしているのか「算定できない」などということはできない時代になっているのではないでしょうか。
 
 働き方改革法の成立に伴って、募集時や採用時の労働条件明示においてファックスやSNS等の方法で明示することも来年4月から許容されるようです。IT、通信手段の進歩が法律に影響したのでしょうが、筆者としては守秘や記録性の観点において、従来の書面や電子メールに比べて不安感の残る手段を無警戒に認めることは、その利便性と紛争防止策としての有効性を考えると、もう少し慎重で良かったのではないかという思いが残ります。
 
 IT技術の進歩によって、情報の受け渡しにあたって利用する手段について、その証拠力と簡便性のバランスをはかって法文上どのような規定がふさわしいのか、この労働基準法第第38条の2の「事業場外みなし労働制」の存在の意味だけでなく、労働のルールブックにある「申し入れ」や「受諾」といった様々な意思表示の手段についても、改めて検討しないと、法のなかでの均衡を欠くことになるのではないかと思う次第です。
 
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)