労働あ・ら・かると
訳あり退職時は“その代わり”を準備しよう
社会保険労務士 川越 雄一
たとえ自己都合退職とはいっても、雇用関係に何らかの問題があってのことです。ですから、特に何らかの事情がある「訳あり退職」の場合は、従業員が納得して辞めやすいような交換条件である、“その代わり”が必要なのです。
1.「会社がそのようなおつもりなら」
A社は従業員30人ほどの卸売業です。
そこに勤めるBさんは勤続40年、58歳のベテラン社員であり、数カ月前に亡くなった創業者である会長の「子飼い」です。問題が起きたのは、Bさんが会長の息子である社長から退職を勧奨された日のことです。会長存命中からBさんと関係の良くなかった社長ですが、会長の死後、その不仲は決定的となったのです。そして、その日「会社の和を乱すから」ということで、身を引いてほしい旨を伝えられたのです。
確かに、社長が変わり新しい経営方針のもと、Bさんは何となく浮いた存在ではありました。しかし、本人としては65歳くらいまでは働き続けるつもりでしたから、納得はできなかったようで、「会社がそのようなおつもりなら……」と言い残して退職しました。とりあえずは自己都合退職というカタチでしたが、いわゆる“訳あり退職”です。しかし、社長は「自己都合の退職届を出してもらったのだから」と、雇用保険や退職金支給も自己都合退職として処理したのです。
その後、1カ月ほどしてBさんの代理人だという弁護士から会社に一通の手紙が届きました。
過去2年分の未払い残業代、退職金を会社都合の額で払うこと、そしてパワハラを受けて辞めさせられたので慰謝料を払えというものでした。もちろん、今回の件についてBさんと直接交渉は許されず、すべて代理人弁護士を通してのやり取りでしたが約300万円の支払いを余儀なくされました。何であの時、キチンと納得させなかったのかと思うも、後の祭りです。
2.辞めさせようと対応するから不満が増幅する
雇用関係には「お互い様感覚」が必要です。特に、訳あり退職の場合は、会社だけの都合で手続きを進めてしまうと、在職中の不満が何倍にもなって返ってきます。
●訳あり退職には不満がつきもの
訳あり退職というのは、何らかの事情を抱えている退職のことです。何らかの事情とは、例えば辞めたくはないのに、何となくそのように仕向けられたような場合です。もちろん、会社にもやむを得ない事情があってのことでしょうが、唯一の収入源である賃金がなくなるわけですから、自己都合退職のカタチはとっていたとしても、従業員には相当の不満はあるはずです。
●辞めさせようと対応するから不満が増幅する
相性というか生理的に分かり合えない関係もあります。そうであれば早めに雇用関係を解消したほうが良い場合もあります。しかし、辞めさせることを前提に対応してしまうと、やることなすことが否定的に受け取られてしまいます。そうなりますと、在職中の小さな不満までも増幅するのです。
●納得させるために“その代わり”が必要
多少理不尽と思えることでも、お互いにその内容を理解し納得すれば他人がどうこうい言う筋合いではありません。事例のようなケースにおいても従業員が納得して退職していれば大きな問題にはなりませんが、そのためには何らかの交換条件が必要です。つまり、自己都合で辞めるのに見合う“その代わり”が必要なのです。
3.従業員の納得を得やすい“その代わり”を準備する
もちろん、これですべてが解決するわけではありませんが、一般的には、次のようなことが考えられます。
●有給休暇はキレイさっぱり使わせる
有給休暇は残日数をキレイさっぱり使わせます。例えば、「有給休暇が20日残っているようですから、退職日までにこれを使って求職活動をしてくださっても結構ですよ」と。もし、本人が希望すれば、有給休暇消化でダラダラと退職日を先にに延ばすより、残日数分を買い取って、退職日を早めても良いくらいです。
●雇用保険の退職理由は会社都合にする
雇用保険の失業給付を受けるには離職証明書が必要ですが、事例のようなケースの退職理由は「会社都合による退職」になると思われます。訳あり退職の多くは会社からの働きかけによる退職ではないでしょうか。会社都合の退職であれば、失業給付も3カ月ほど受給できない給付制限がかかることなく、すぐに受給できます。
●退職金は会社都合による額を払う
退職金制度では多くの場合、支給額を自己都合退職と会社都合退職で差をつけています。当然、会社都合退職のほうが支給額は多いわけですが、訳あり退職の場合はこれを交換条件に使います。要は、退職してもらうことに対して会社の誠意を示すのです。誠意というのはこのような場合お金です。別れ際のお金は何かと重要です。
訳あり退職の場合は、退職後に不満が噴き出しトラブルになる可能性が高くなります。ですから、退職時に、“その代わり”を準備して、退職を納得してもらうことがトラブル防止の“かくし味”なのです。