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労働あ・ら・かると

ご厚意でも長時間残業は入り口で断ろう

社会保険労務士 川越 雄一

 

責任感の強さを自負する従業員が、時間を気にせず、ご厚意により長時間残業をしてくれるというのは一見ありがたいことです。しかし、長時間残業が原因で自滅したり、家族からのクレームで早期離職となれば、本人はともかく会社としては大きな迷惑です。

ですから、ご厚意であっても従業員の長時間残業は極力させないことが、今の時代の働かせ方なのではないでしょうか。

 

1.せっかく採用したのに……。

「おたくはブラック企業か!」

その電話が入ったのは、Aさんが入社して1カ月くらい過ぎた日でした。電話の相手はAさんのご主人です。ご主人の言い分は次のようなことでした。

・妻は、入社当初から毎日20時、21時まで残業をさせられており、当初の条件とまったく違う。

・自分は17時半過ぎには帰宅するのに、妻の長時間残業で家庭内がメチャクチャになっている。

・このような長時間残業では、妻の健康が心配だから即刻退職させたい。本人は会社に言い出しづらいらしいので私が電話した。

Aさんは、営業所の事務職として先月採用した女性です。所定の勤務時間は9時から17時という条件でした。しかし、この営業所では前任の事務職が突然退職したこともあり、業務量が通常よりも相当多くなり、長時間残業が常態化していたようです。

電話の内容にびっくりした社長は、営業所の所長に確認してみたところ、長時間残業はおおむね事実でした。

もちろん、所長はAさんへ、終業時刻になったら退勤するように促してはいたものの、「区切りが悪いので、ここまで終わらせます」と、ずるずると残業していたようです。また、Aさんに聞いてみると「周りが残っていたので自分だけ定刻に帰れなかった。夫が会社への不信感を持っており、これ以上の勤務は無理です」と、ただ謝るだけでした。

「これでは責任感というより無責任ではないか。こんなことになる前に何で相談してくれなかったのか?」と、社長の憤りは想像に難しくありません。

 

2.責任感も時として無責任な結果となる

仕事をするうえで責任感は必要です。しかし、そのために度を過ぎた長時間残業になりますと、自滅して早期離職などのリスクも増え、無責任な結果にもなります。

  • 従業員の早期離職リスク

先ほどの事例のように、仮に従業員自身は責任感のもと、長時間残業もいとわないとしても家族からはクレームがつきます。そうなりますと勤務を続けられなくなり、早期に離職してしまいます。本来なら、離職に至る前に会社へ相談してほしいところですが、とことんダメになってから、いきなり離職するのですから困るのです。

  • 会社の信用失墜リスク

雇用関係というのは、当事者である従業員本人だけでなく、その家族など間接的に多くの人が関わっています。今は、長時間残業が常態化していると、いわゆる“ブラック企業”呼ばわりされるのです。時として世間は、そのようなことを面白おかしく話題にしてしまい、会社の信用は失墜してしまうのです。

  • 法律違反リスク

法律上は1日8時間、1週40時間超えの残業は禁止とされています。仮に所定の手続き(36協定)を踏んだとしても、最長1カ月100時間未満、平均でも80時間以下です。たとえ従業員の責任感から自主的に行った残業であったとしても、所定の手続きを踏まず、また法律の上限時間を超えていた場合、法律違反となります。

 

3.残業は入り口を押さえる

残業はさせてしまってからではどうしようもありません。重要なのは、させる前の入り口段階を押さえて、不急・不要な残業はキチンと断ることです。

  • 時間内と時間外の区別を明確にする

まずはこの2つを明確に区別します。従業員も「これくらいは」と、5分、10分は曖昧になりがちですがこれが曲者です。「これくらいは」が徐々に延びていき、自分の仕事が一段落した時が終業時刻ということになってしまうのです。ですから、所定の終業時刻にチャイムを鳴らすなどして、時間内と時間外をキチンと分けます。

  • 退勤を強制することも必要

残業を黙認せず退勤を命じます。黙認とは黙って認めるということですが、残業問題ではよく出てきます。従業員の勝手な残業も、明確に断らなければ会社が命じたことと同じになり、そのツケはすべて会社に跳ね返ります。ですから、残業中であっても、これ以上はさせられない時間が来たら強制的に退勤させることも必要です。

  • 従わない場合は懲戒処分も

場合によっては業務命令違反として懲戒処分もあり得ます。終業時刻以降の残業は会社の業務命令で行わせるものです。仮に、その業務命令をした残業時間を超えて、勝手に残業するというのは業務命令違反です。ですから、退勤を指示したにもかかわらず居残った場合は、就業規則に基づき懲戒処分することも必要です。処分が目的ではなく時間にメリハリをつけることが重要なのです。

 

責任感といえば聞こえは良いのですが、ダラダラと長時間残業をさせていると、その責任感が意外なツケとして会社へ跳ね返り無責任な結果となることもあります。ですから、従業員の長時間残業は、ご厚意であっても入り口の段階でキチンと断ることが重要なのです。