労働あ・ら・かると
会社の“免疫力”を高めよう
社会保険労務士 川越 雄一
免疫力というのは、体内に入ったウイルスや細菌、異物などから自分自身の体を守る力です。会社も人の体と同じで免疫力が低下しますと、ちょっとしたことで、もめごとが起きてしまいます。即効で免疫力を高めるための理屈を捻(ひね)くる人もいますが、そう都合よくはいきません。結局のところ、人の生活習慣同様、毎日のコツコツとした努力により労務改善していくしかないのです。
1.免疫力低下で表れやすい3つの症状
免疫力が低下しますと、次のような症状が表れやすくなります。ゆっくり表れることが多いため、トコトン悪くなるまで気付きにくいものです。
- 従業員がトップの顔色をうかがい過ぎる
従業員も宮仕えの身ですから、トップの顔色をうかがうことは仕方ないところもあります。しかし、トップの言動には常に「イエス」、その反動として、不満のはけ口は部下や仕入先など立場的に抵抗できないところへ向きやすくなります。そのような従業員に限って、トップの前では一見従順そうに見えるから厄介です。
- 新入社員の定着が悪い
ある程度勤め続けている従業員は、耐性もできていて離職しにくいのですが、新入社員は社内の雰囲気に敏感ですから、「やばい」と感じたらさっさと辞めてしまいます。新入社員が入っては辞め、入っては辞めという状態は問題です。一つの目安として、入社後3年以内に離職する人が5割を超えているような場合は要注意です。
- ちょっとしたことで社内がギクシャクする
良いことではありませんが、普通の会社では多少のサービス残業やパワハラまがいの言動があったとしても、そのことが即もめごとにはなりにくいものです。一方、免疫力が低下している会社では、ちょっとしたことで従業員に揚げ足を取られたり、従業員同士で争いが起きたり、社内が常にギクシャクしています。
2.免疫力低下をもたらす3つの不信感
人の体と同じで、免疫力低下の原因を単純に特定することはできませんが、従業員が会社に対して持ちやすい次のような不信感は大きな原因となります。
- 経営姿勢への不信感
子が親の背中を見て育つのと同じで、従業員はトップの経営姿勢を常に見ています。真に人間関係ができていないのに、立場を利用して力で抑えつけたり、上から目線のもの言いになっていたりすると、従業員の反発は半端ではなく致命傷となります。もちろん、表面上は平静を装いますが黙って辞めていきます。
- 賃金支払いへの不信感
会社と従業員は雇用関係にあり、賃金支払は中核をなすものですから、異常に低い基本給、意味不明の手当、行きすぎた成果主義賃金などは、払う側はともかく、もらう側には不信感を持たれやすいのです。また、度を超えたサービス残業、一方的な賃金引き下げ、社会保険料や税金の控除間違いなどは不信感を増幅させます。
- 法律対応への不信感
「法律どおりやっていたら潰れる」などと、堂々と宣言し同意を求められても、従業員としては「はい」としか言いようがありません。このようなことの積み重ねが会社に対しての安心感を徐々に喪失させていきます。従業員はトップが法律を守ったかというより、法律を守ろうとする姿勢が感じられないことに不信感を持つのです。
3.免疫力を高める3つの労務改善
低下した免疫力を簡単に高める“特効薬”などなく、低下するに至ったのと同じ時間をかけて、コツコツと地道に労務改善していくしかありません。
- 理屈に頼り過ぎない
理屈どおりに人が動いてくれれば良いのですが、そうもいかないのが世の常です。経理や会計のように「1+1=2」となるのは、あくまで感情のない数字の世界の理屈であり、「こうなるはずだ」と高飛車に出るから相手はカチンとくるのです。そもそも、中小企業に好きで入って来ている人は少ないわけですから、まずは従業員との人間関係が必要です。そのためには、今一度相手の立場に立って気持ちを感じ取ることが重要です。
- 違法なことを正当化しない
確かに、大多数の会社が守れないような法律は欠陥法律かもしれません。しかし、“悪法も法なり”の如く、現に日本国内で事業を行う以上、守らなくてはなりませんし、守らないなら守らないだけの覚悟は必要です。「景気が悪いから」「政治が悪いから」などと自社の経営を正当化する発言にはさほどの意味もありません。
- トップの背中を見せる
トップは良くも悪くも従業員のお手本です。トップが従業員の誰より早く出勤し遅くまで仕事をし、質素にコツコツと頑張れば、従業員も少々のことは辛抱してくれるはずです。私は、このような経営姿勢で免疫力が低下している会社を知りません。真のリーダーシップとは立場にものを言わせて権威を振りまくことではありません。
危なっかしく見えてなんだかんだうまくいく会社もあれば、ちょっとしたことでギクシャクする会社もあります。その要因はいろいろあると思いますが、ひと言でいうなら、人の体と同じく免疫力の差ではないでしょうか。無菌状態で経営できるならともかく、実際のところそうはいきませんから、少々の問題は入り込むことを前提に、日頃からコツコツと地道に労務改善し、免疫力を高めておくことが現実的なのです。