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職業紹介事業規制の変遷を振り返ってーその2 職業紹介責任者

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 今月は、職業安定法第32条の14、同第33条により、有料無料を問わず職業紹介事業者に選任を義務付けられている「職業紹介責任者」の要件について振り返ります。
 
 今手元にある資料「民営職業紹介事業ガイドブック(昭和62年 社団法人 全国民営職業紹介事業協会発行)」によれば、この1980年代には職業紹介責任者の要件として、取扱職業(当時は職業別の許可だった)に関し次のいずれかの資格・経験を有することが必要とされていました。
(イ) 取扱職業が法定の資格を必要としない職業の場合、次のa、bまたはcのいずれかに該当すること。
 a 成年に達した後、当該職業に10年以上の経験を有すること。
 b aの経験が10年に満たない場合は、(ハ)の経験と併せて10年以上あること。
 c 当該職業と密接に関連する法定の資格がある場合は、(ロ)の要件を満たすこと
(ロ) 取扱職業が法定の資格を必要とする職業の場合
 a 資格を取得し、成年に達した後当該職業に5年以上の経験を有すること。
 b aの経験が5年に満たない場合は、(ハ)の経験と併せて5年以上あること。
(ハ) 職業安定法に基づく取扱職業の職業紹介事業に成年に達した後10年以上の経験を有すること、または職業安定行政に成年に達した後10年以上の経験を有すること。
 (ハ)の後段の記述などは、「天下り」の文字が脳裏に浮かばないでもありませんが、要は看護師(当時は看護婦)の紹介業の許可を得るには、10年以上の看護師経験がある職業紹介責任者の選任が必要で、(実は代表者も看護士資格を保有していることが求められていました)これが1999(平成11)年の職業安定法改正に向けての論議の際には、規制緩和をする方々からは「参入障壁」との指摘を受けていた記憶があります。
 資格のない「マネキン」や「家政婦」の紹介業許可にあたっては「10年以上の職業経験」を証明することは容易ではなく、10年間の雇用主の証明が必要とされ、短期反復型の職業では10年分の多数の雇用主の証明をすることは至難、実質不可能と言っても良い状態だったと言えますし、当該職種の紹介業に10年従事した後、独立しようにも、在籍した紹介所の所長がそうすんなりとは従事証明をしてくれない事態もあり、結果業界が伸長拡大しない面、既存事業者の擁護になっていた面も、確かに見受けられました。
 
 もっとも、「民営職業紹介事業の手続 1997 労働省職業安定局編著(平成9年財団法人労務行政研究所発行)」を参照すると、この要件は「3年以上」となっていますので、どこかで規制が緩和されたのだろうと推測できます。
 しかし、この頃はまだ「法人、代表者及び紹介責任者は、禁止兼業その他職業紹介事業との関係において不適当な兼業をおこなうものでないこと。」との定めがあり、料理飲食店業、旅館業、古物商、質屋業、貸金業、両替業を兼業する者は、不可とされていました。「規制だらけの昭和・平成前期」だったと言えるでしょう。
 
 1999(平成11)年の職業安定法改正により、取扱職種もネガティブリスト化され、現在の職業紹介責任者の選任要件は、職種関係なく「成年に達した後3年以上の職業経験」とされましたので、現在は職業紹介を行う職業に就いての知識が十分でなくても、選任可能となっています。
 昭和・平成前期の20世紀型規制が職業紹介への新規参入の障壁となっていたことは事実でしょうが、翻って見れば、取扱う職業やその労働市場状況について、充分な知識を要求していた側面もあったと思います。
 
 また、現在は23歳以下の職業紹介責任者は存在しえないのですが、民法改正により2022年4月からは「成年」年齢が18歳となることはもう決まっているので、特に職業安定法の定めを変えない限り、再来年春からは21歳の職業紹介責任者が誕生し得ることになります。
 「若造扱い」することに肯ずるわけではりませんが、「人を雇うこと、雇われて働くこと」の経験がもう少し十分な方に、職業紹介業に携わっていただきたいと思うのは私だけでしょうか。令和の時代の職業安定法が、紹介する職業に就いて何らの知識もなくても職業紹介できることになってしまっていることについては、その是非を検討する必要があるように思います。
 
 ひとつの方法ではありますが、「日本版O-Net」がもっと完成度の高いものになり、職業紹介責任者はもとより、職業紹介従事者が、職業紹介にあたって取り扱う職業に就いて必ず参照する等、職業紹介にかかわる人びとが「職業」についての知見をもう少し深いものにすることができれば、今以上に適格的確な、職業紹介が実現できるのではないでしょうか。
 
 日頃の職業紹介に関するご相談をお受けしていて、「職種」と「業界」の区別がつかない従事者がいらっしゃったり、「職業安定法」と「労働基準法」を混同している相談を伺っていたりすると、昭和、平成と続いてきた「職業紹介事業に関する規制緩和」は、令和に入って一度立ち止まって検討し、雇用と職業について熟知した見識を持った従事者・責任者による「あるべき良い職業紹介」を検証することがあっても良いように思います。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)