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「人を雇ったことのない奴に良い職業紹介ができるのか!」という苦言

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 昭和の時代からずっと職業紹介に携わり、少し前に引退したベテランの方から、最近の人材紹介業界についてのお話を聞く機会が(コロナ禍下ですので電話ですが)ありました。
 ご自分の親戚の方が、最近転職をされ、その相談に乗っていたそうですが、「最近の職業紹介業はどうなっているのだ!?」と、憤慨していらっしゃるのです。
 ご親戚を担当した、とある人材紹介会社の「自称」人材コンサルタントが、余りに人材の希望する職種のこと、業界のことにも、雇用契約のルールにも無知であることに怒りを覚えていらっしゃる様子で、タイトルの台詞がため息とともに電話口から聞こえてきたのです。
 
 そのベテランの方が職業紹介の許可を得た昭和のころは、職業紹介事業の許可そのものがまず「経営管理者・科学技術者・通訳」のように職業別だったことは、筆者が最初に職業紹介の世界に転じようとしたときにいろいろ集めた法律や行政通達にも明記されていましたし、現場で業務を行っていた時の記憶としても残っています。
 実際に紹介事業所の看板などにも「○○家政婦紹介所」「□□調理師紹介所」などと許可を受けた職業が掲げられている光景は、平成前期までよく見かけました。
 とりわけ職業紹介事業所ごとに設置をすることが必要な「職業紹介責任者」の選任要件は、当時「取扱職業について10年以上の従事経験」もしくは「取扱職業についての職業紹介事業の許可を得た事業所での10年以上の従事経験」どちらかを満たさなければならないとされており、「その業界・職業についてのシロウト」が職業紹介責任者になれることはなく、また、筆者の周囲で実際に人材紹介業を起業される方は、「元人事部長」「元採用マネージャー」といったプロフィールの例が多く、小規模であってもご自分の人事職経験のある業界・職種を活かした職業紹介事業をされるので、電話口の先輩が怒っているような場面を見ることは、まずありませんでした。
 余談ですが筆者が最初に職業紹介事業許可を受けようとしたとき、自分自身の管理職経験が通算で9年余しかなく、「経験10年」の要件に届かなかったので、定年退職した管理職経験豊富な方をスカウトして職業紹介責任者に専任したというエピソードも思い出されます。
 
 この職業紹介責任者についての経験要件は、規制緩和論者の方々から「新規参入を阻害する障壁規制」との指摘を受けたこともあって、現在は「成年に達した後三年以上の職業経験」があれば、建設現業や港湾業務などの禁止業務以外は何でも取り扱える職業紹介責任者に選任できるように(他の要件もなくはありませんが)緩和されています。
 「職業経験」は何でも仕事をしていればよいという運用になっていますから、「これは雇用契約を結んで働いているのだ。」などという自覚がなくても、サラリーマンを23歳まで、成年後三年経験すれば選任要件のうちの経験要件を満たしてしまうのです。しかも民法改正によって来年(2022/令和4年)からは成年年齢は18歳になるのですから、間もなく満21歳の職業紹介責任者が生まれるということになります。
 
 このことを電話口の大先輩にお話しすると、「人を雇ったことのない奴に良い職業紹介ができるのか」というタイトルの台詞が、電話口から聞こえてきたのです。
 この時筆者は、労働審判員の友人から聞いた話を思い出しました。ご存知のように労働審判は、裁判官である労働審判官1人と、雇用関係の実情や労使慣行等に詳しい経営側推薦・労働側推薦各1人労働審判員の計3人の労働審判委員会で運営されるわけですが、その友人が最初に手掛けた労働審判の事前打合せの際に裁判官から言われたのは、「法律に関しては私は自信があるけれど、実際に人を雇ったり労務管理をしたりしたことがあるわけではなく、また雇われたこともないので、『実際の雇用の現場での経験』の立場からの話をよく聞かせてください。」ということだったそうです。
 紛争解決の場でのこの発想は、紛争を予防して円滑な雇用関係の成立をあっせんする場合にも言えるのではないか、と筆者は思います。
 
 「いい仕事をしているな。」と思える職業紹介事業者は、新卒を採用してから従事させるまでの間にも、その後も、取扱職種と業界についての徹底した教育研修を行っています。またコスト捻出に苦労されながらではありますが、紹介人材に対しても「リカレント教育」「ブラッシュアップ研修」の実施を行う事例も見かけます。
 「多様な働き方」が急速に普及する中、事業者が紹介する「雇用」の中身も多様化しています。民間の職業紹介事業者は、職業安定法をはじめとした労働法の知識を覚えるだけでなく、「紹介する職場の状況情報」を解りやすく適切に伝えることができる知見を吸収してはじめて、ハローワーク(公共職業安定所)の機能と共存・補完し合いながら、社会の労働力需給がより円滑になるよう機能できるように思います。
 その「仲介の付加価値」を忘れてしまうと、まま批判を受ける「右から左」に履歴書を回すだけの紹介業になってしまい、それではWeb上に急増している「プラットホーム型」の求人情報提供による人材マッチングに淘汰されてしまうのではないかと危惧する気持ちを喚起する先輩の指摘でした。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)