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労働あ・ら・かると

ひとことで括るキャッチフレーズの危うさと求人募集情報

般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 

 「働き方改革」や「一億総活躍」などと、ある政策などをわかりやすく国民に訴える政治や行政の言葉はとても大事だと思います。しかし一方で「一言で括ってしまう」ことによって捨象されてしまう部分がないわけではありません。
 もちろん政策を通そうとする側のキャッチフレーズもあれば、阻止しようとする野党の側のキャッチフレーズもあります。「残業代ゼロ法案」と連呼されて、中途半端なものになってしまった「高度プロフェッショナル制度」の例も思い浮かびます。

 大きな政策についてだけでなく、求人時の労働条件明示(職業安定法第5条の3)の際の求人票表記でも、求人者側が「ひとことで言い表してしまう」ことによって、応募者の誤解や錯覚を導いてしまうトラブルが、あとを絶ちません。ハローワーク経由の就業でも、民間紹介会社経由の就業でも、「入社してみたら、応募の時に見た求人票と労働条件が違う」というトラブルは、5年間前の職業安定法改正により求人者に義務付けられた内定前の「労働条件等変更明示」の書面交付義務化の効果もあってか、以前よりは随分減ったものの、まだまだあるのが現実です。

 古くからある「『週休二日制』と書いてあったのに、土日が休みでない。」という苦情は、必ずしも間違った表記とも言えないので、求人者だけが責められるものではなく、ハローワークや人材紹介会社の担当者が、一言添えれば防止できることだと思います。もちろん求人者が「週休二日制」のみでなく、括弧書きで(別途勤務表による。土日の休みとは限りません。)と付記すれば、誤解は防げますし、「週休二日制」「完全週休二日制」の違いを見分けられる人材側の知恵もあれば、起きなかった紛争とも言えます。
 求人広告営業担当の「そんな書き方をしたら応募者が減ってしまう。」という声が聞こえそうな気もしますが、求人者からすれば、誤解をしている応募者の数が多いことが必ずしも適格な人材確保につながるわけではないですし、かえって選考の手間が増えてしまうことにもなりかねません。

 「正社員」という表記もそうです。「非正規でなく正しい雇用」というようにも見える、この表記は、様々な場所で無雑作に使われ、多くの誤解を招いてしまっています。「非正規」という、なんだか規格外品のような言い方も何とかならないかとも思う一方、「正社員ってなんだ」という疑問など持たずに「正社員になりたい」という人材も多々いらっしゃるわけですが、法律に明記された定義などなく、解説書などには「無期雇用/フルタイム/直接雇用」などと書かれることもあります。
 意地悪な(実は的を射た?)見方をすれば、「どこが勤務地になるか不明でどこにでも転勤命令あり/職種も雇用主から言われたら変更有り/勤務時間も法的制約はあるけど上司の言うなり」という「無限定服従オンパレード」が隠れている場合もあるかもしれません。

 実際にあった「裁量労働制」の誤った使い方として国会でも取り上げられた「飲料配達員/裁量労働制」という求人広告があります。後日談として伝えられるのは、求人者は「どんなルートで配達するかは、配達員の裁量にまかせるから、裁量労働制でしょ?」と言ったとか言わないとか。嗚呼。

 言葉というものは、コミュニケーションの基本なのですから、発する側の意図した内容が、誤って受ける側に伝わったのでは、混乱を招くばかりです。
 ところが「広告」というものについては「煽る(あお)る」という要素がつきものだという考えで「求人広告」を扱う輩がいることも現実です。
 とある職業紹介を巡っての訴訟の中で、「被告人材会社の広告文言は虚偽もしくは誇大である。」という原告求人者の主張があったことがありました。その判決文の中に、「そもそも商品広告は、それを見る者の関心を引きつけ、購買意欲をあおるための扇動的な表現や、当該商品等のセールスポイントをことさらに強調するような表現が用いられがちであるし、それを見る者においても、商品広告がかかる性質を有することを十分認識しているのが通常であるといえる。」と裁判所が言及していたことを思い出します。
 この判決文は、求人者に対して、広告を正しく理解できた筈だという判断を示したのです。しかし一方「求人広告」においては、見る人材の側すべてが「商品広告がかかる性質を有することを十分認識しているのが通常であるといえる。」とは言いきれないと思います。とりわけ社会経験が十分でない学生や若者の就職活動においては、その点に着目した若者雇用促進法が定められているわけです。
 その観点からも、求人広告は、商品やサービスの広告のように購買意欲をそそったり、利用を喚起する要素とは全く異なる、「正確冷静に雇用環境を伝える」必要があるのではないでしょうか。

 先月もこの「労働あ・ら・かると」で触れた「雇用保険法等の一部を改正する法律案」が、過日衆議院を通過しました。本稿がWebに掲載されるころは、職業安定法改正を含むこの法案について、参議院の場での審議が佳境に入っていることでしょう。IT技術・インターネットの発達により、その姿も速度も大きく変わっている「求人広告」の変化を見据え、雇用仲介の仕組みの中の「募集情報提供事業」のルール作りを中心としたこの法改正の流れが、求人者も人材も安心してそのサービスを利用することができる環境作りの進展に資することを願ってやみません。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)