労働あ・ら・かると
労働基準法第38条の2の事業場外みなし労働制を考える
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
労働基準法第38条の2のみなし労働制は、直行直帰で仕事をするビジネスパースンをはじめとしてかなり普及している労務管理制度ですね。
令和3年就労条件総合調査によれば、みなし労働時間制を採用している企業割合は 13.1%(令和2年調査 13.0%)となっており、そのうち「事業場外みなし労働時間制」は 11.4%と、他のみなし労働時間制である専門業務型裁量労働制(2.0%)、企画業務型裁量労働制(0.4%)よりも、ずいぶん普及しているようにも見えます。
しかし読者のみなさんは、この「労働時間を算定し難いとき」の具体例は?という質問を受けたとき、どの様な状況を想定できるでしょうか?
昭和の時代に筆者が携わった就業規則でも、この規定はありました。人事労務担当に異動してきた新人への教育の場でも、事業場外のみなし労働時間制は、自宅から会社に寄らず直接取引先に出向いて営業活動をするような外勤営業職や、取材活動で飛び回る記者職種、出張など一時的に事業場外労働によって労働時間の算定が困難となる場合を対象としていると、教えていた記憶があります。「ポケベル(もう2019年9月にサービス提供終了)を持たされていたら、いつ呼び出されるかわからない。まるで会社に支配されているようだ。みなし労働時間制度の適用になるのか。」と、労働組合執行委員に詰め寄られた記憶もよみがえってきます。
8年前に最高裁判所が、旅行会社の添乗員にみなし労働時間制が適用できるかどうかが争われていた訴訟で、「労働時間の把握は難しい」という会社側の主張を退け、割増賃金(約32万円)の支払いを命じる判決を出したことは、読者の皆さんもご存知のことと思います。
東京労働局の「『事業場外労働に関するみなし労働時間制』の適正な運用のために」というパンフレットに記載されている民事判例の6件すべてが、みなし労働時間制の適用が否認されたものばかりです。
「働き方改革」を実行し、「一億総活躍」を目指している時代ですが、すでに「一億総GPS携行、一億総明細地図携行、一億総電話携行、一億総定期券携行、一億総百科事典携行、一億総音楽鑑賞機能携行、一億総タイムカード携行、あげればキリがありません」時代がそもそも到来しているのが現実です。
新型コロナ感染対策のワクチン接種を高齢者もスマホを操作して申し込み、「スマホ向き老眼鏡」もよく売れる時代、世帯におけるスマートフォンの保有割合が2019年で8割を超えた(総務省令和2年情報通信白書)時代に、「労働時間が算定しがたい場面」は想像できません。
旅行会社添乗員の方も、日本国内外どこにおいて旅行ガイド業務に従事していても、スマホがあれば毎日の業務報告を本国本社に報告できる(ということは雇用主は労働時間を知ることができる)わけです。前述の最高裁判決が、「就労場所が事業場外であっても、原則として、労働者の労働時間を把握する義務を免れない」とし、「労基法第38条の2第1項にいう『労働時間を算定し難いとき』とは、客観的にみて労働時間を把握することが困難である例外的な場合をいうと解するのが相当である 。」とした「例外」が、IT技術の急速な進歩によりスマホ携行人材にはあり得ない話になったと思います。
無線の入りやすい(にくい?)場所で昼寝をしているタクシー運転手さんの光景も、コンピュータシステムによる空車実車も含めて自社の車両が何処にいてどのような状態なのか、本社が把握してしまう時代には姿を消していくかもしれません。
新型コロナ感染症の急拡大に対処するためにこの間出現し、おそらくポスト/ウィズコロナの時代も続くであろう「在宅ワーク」も含め、「新常態」に適応した労務管理ルールが至急検討され、時代遅れの法律が実態に合うように改正されることを願っています。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)