労働あ・ら・かると
労務は“守破離”を意識しよう
社会保険労務士 川越雄一
守破離(しゅ・は・り)というのは、茶道や剣道などの芸能や武道におけるプロセスを表す言葉です。まずは先人の教えを守るところから始まり、会得できたらその型を破り、最終的には独自に発展させ、型から離れた己のスタイルを確立する一連の流れをまとめて守破離というそうです。「応用も大切だが、まずは基本を大切にしなさい」という教えですね。この教え、労務にも相通じるものがあります。つまり、良好な労務をめざすのであれば、まずは法律などの基本をキチンと押さえたうえで、応用としての施策を講じるという順番が重要なのです。
1.法律を理解し型を会得する
法律というのはなかなか馴染みにくいものですが、労務においては基本ですから、これを理解し社内ルールを作ります。
●法律は型、労務の基本
労務関係の法律は過去のトラブル事例をもとに、それを回避するための規定で成り立っています。いわゆる失敗しないための型、知恵といっても良いかもしれません。ですから、これを繰り返し履行することにより労務の基本が身に付きます。しかし、労務に限らず基本の会得というのは意外に難しいものです。
●車の運転でいうところの基本動作
多くの方は自動車免許を取得される際、教習所に通われたと思います。仮免前に教習所内のコースを何度も回るわけですが、発車前の前後確認、横断歩道前での確認など、隣に座った先生から事細かに指導を受けたのではないでしょうか。「何でそんな細かいことを」と思わないではありませんでしたが、あの基本動作が後々活きてきます。
●ルールに則る
労務においてルールというのは、就業規則になります。マネジメントサイクル「P・D・C・A」(P=計画、D=実施、C=検証、A=改善)でいえば「P」の部分です。ですから、法律をもとにルールを作り、それに則って施策を実施します。そして、ルールとの差異を検証しながら改善していきます。場合によってはルールの変更も必要になります。
2.基本ができたら応用・独自策
基本動作の型が会得できたら、次はその型を破る独自策を講じます。破るとはいうものの法律を上回る施策を講じて他社との差別化を図ることになります。基本の型があっての型破りです。
●応用は法律の上限を破る
法律の上限を破るというのは、例えば割増賃金について、法律上(基本)は1日8時間超え、1週40時間超えと法定外休日労働は25%増し、法定休日労働は35%増しですが、これを全部35%にすることです。また、法律上は採用6カ月後に10日付与される有給休暇を採用時に10日付与するようなことです。
●独自策はトップの思い
独自策というのは、誕生日休暇、リフレッシュ休暇など独自の休暇制度を設けたり、コミュニケーションの一環として行う懇親会などです。これらは法律上の義務ではなく、トップの思いをカタチにしたものです。世間では、「うちではこのような制度を設けている」という事例で紹介されることも多く、「うちでもやってみよう」となりやすいものです。
●困ったら基本(ルール)に戻る
労務も応用段階になりますと物差しである法律がありません。ですから、自社で物差しを準備して、ズレがないかを確認しておくことが必要です。そして、労務がうまくいかず困ったら基本に戻ります。時間の経過とともに型が崩れていたりします。ですから、基本に戻ってみるだけでも多くの困りごとは解決するものです。
3.順番が逆だと失敗する
労務は守破離だと言いましたが、取り組みの順番が重要です。労務が弱かったりうまくいっていない会社は、この順番が逆だったりします。
●順番が逆になりやすい
守破離というのはその順番が重要なのですが、たまに離破守の会社があります。まずは我流で独自策を打ち出すわけですから、一見カッコよく見えますが長持ちはしません。トップは自らの成功体験があり感覚でプロセスを表しますが、並の従業員にはなかなか伝わりません。また、基本のない応用はしょせん砂上の楼閣(ろうかく)です。
●他社の応用・独自策の鵜呑みはリスキー
世の中には、自社の応用・独自策を成功の定説のごとく伝える人がいます。このような応用・独自策は聞こえがよく、受け入れやすいので、それを鵜呑みにしてしまいます。しかし、これらの多くは、たまたま成功した事案だったりしますし、各社の置かれた前提条件を考慮しない鵜呑みは甚だリスキーです。
●「やりがい」の前に残業代支払い
『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』というタイトルの本を読んだことがあります。「応用・独自策をやる前に、やるべきことをやってね」をうまく表したタイトルだと思います。そもそも、「やりがい」などというものは従業員が感じ取るものであり、それと残業代の支払いは別物です。順番を間違うとタイトルのようなことになります。
労務の安定している会社が、画期的な施策を講じているかといえばそうでもなく、どちらかといえば基本を忠実に実践しています。つまり、守破離の考え方を意識しているのです。