労働あ・ら・かると
人生二期作二毛作―中高年の転職再就職とリスキリングー
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
このところ続けて、中高年の方の転職についてお話を伺う機会がありました。
「働き方改革関連法」が順次施行され、働き方改革が進行する中、様々な場面で政府の方針として「リスキリング」や「労働市場の流動化と生産性の向上」といったキーワードを耳にしますね。
様々なキーワードについて、人材の立場からの実感はその年齢、職種、地域などによって受け止め方はいろいろでしょうが、今回お話を伺った中高年の方々それぞれに「二期作」「二毛作」であったり「転作」という単語が筆者の脳裏に浮かぶ内容でした。
改めて辞書を引いてみると、「二期作」は同じ作物を1年に2回栽培し収穫すること、「二毛作」は2つの異なる作物を連続的に栽培すること、「転作」はそれまで生産していた作物とは別の種類の作物を生産すること、とあります。
今回お話を伺ったAさんは、商業高校卒で就職し、それほど巨大ではないけど中規模企業の経理担当で勤め上げ、55歳で選択定年制に応募して中小企業に経理担当として転職しました。転職先について「システム投資の余力がないけれど、自分が若い時にはまだ算盤も使ったし、経理の原則は昔も今も違わないので、さほど転職ストレスはない。」と言います。「学歴のこともあるのだろうけれど、下手に偉くなって管理職にならなかった分、現場に触り続けることができた。だから、よい転職ができたと思う。」とも。もちろん転職先の社長との相性も良さそうですし、その社長は「会社のお金を任せる人なのだから、中堅企業でずっと事故なく勤め上げたという信頼感のある人に巡り合って良かった。」とも言ってくれたそうです。
粘り強い性格という豊穣な畑で、経理という職種の二期作を実現したように見えました。
またBさんは、大手小売業で仕入れや販売管理の経験をしながら、労働組合にもかかわって、様々な組合員からの要望や職場のトラブルの相談に乗ってきた経歴なのですが、50歳位から行政書士の勉強を始めて試験に合格し、60歳の定年退職後、独立して行政書士事務所を開業したと話してくれました。
「小売業の仕入れや販売ノウハウは、ほぼ全くと言っていいほど行政書士の仕事には無関係だと思うけど、労働組合の経験によって『傾聴』の力を磨くことができたと思う。」というのがBさんの弁でした。
聞き上手である適性と経験、行政書士試験に合格できる能力という土壌のうえで、仕入販売職と、行政書士という異なる作物を収穫されています。
一方Cさんは、商社を定年後ハローワークを訪問し、職業訓練などのメニューを呈示されたそうですが、どれもピンと来ず逡巡し、在職中の収入に比べて余りに下がってしまう給与水準も納得できずに、数年経過し、やっと割り切ってシルバーセンターに登録して、駅前自転車整理の仕事に就いたそうです。
AさんもBさんもCさんも、それぞれに能力ある人材ですが、その人生模様は、Aさんは「二期作」Bさんは「二毛作」、Cさんは「転作」のように思えます。
Aさんは、同職種の転職ですから特にリスキリングなど必要としなかったと思いきや「復習を兼ねて改めて簿記のテキストを読み直しました。」と聞きましたし、Bさんは「自分への投資として行政書士試験の通信教育を受講した。」とおっしゃっていました。
AさんBさんと比べるのは失礼なのかもしれませんが、Cさんが、「商社在職中特に自分を磨こうと思ったことがなかった。」と話すのを聞くと、この自分への投資の動機付けがないと、いくらリスキリングのメニューを並べても効果が上がらない典型的な事例のようにも見えます。駅前自転車整理も、通勤通学路の安全を確保する大事な仕事なのですから、そこにやりがいを感じてくれればいいのにな、と筆者は思いました。
農家の方に伺ったところでは、「二期作」「二毛作」「転作」それぞれに、切り替え時の施肥の内容やタイミングが毎日の土壌の管理と共にとても大事だそうで、転職再就職の際に背中を押す/押してくれる動機付けの重要性を再認識するとともに、「リスキリング」を掛け声倒れにしないためのヒントがここにありそうに思いました。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)