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デジタルの時代だからこそアナログ的な感覚を意識しよう

社会保険労務士 川越雄一

 今は国を挙げて「デジタル化」が推進されています。もちろん、正確性などはアナログの比ではありませんから、うまく活用すればメリットも大きいと思います。しかし、人の感情を扱う労務においてはどうなのでしょうか。人の感情というのは単に「イエスかノー」で割り切れるものでもなく、やはり肌感覚というかアナログ的な感覚が欠かせないのではないかと思うのです。

 

1.労務におけるデジタルとアナログ
労務においてもデジタルとアナログという言葉をよく聞きますが、それぞれの特性を考えれば、おのずと使う場面は違ってきます。

●デジタルとアナログ
  デジタルというのは、物事を一定の数値ではっきりと区切りをつけるため、「あるか・ないか」「〇か・×か」といったように、中間部分を省いた状態で情報を表します。一方、アナログというのは、常に変動している情報をそのまま表し、元の情報を本来のカタチに近い状態で表現しますから人間の感覚に近いのです。

●事務手続きはデジタル向き
国が推進しているデジタル化は事務手続きに向いているのではないでしょうか。社会保険や雇用保険手続き、税金の申告等は「あるか・ないか」「〇か・×か」だからです。いわゆる電子申請・申告といわれていますが、今後ますます増えると思います。社内の事務処理も多くのものはデジタル化したほうが効率的です。

●人の感情はアナログ向き
ひと口に労務といいますが、大きくは2つに分かれます。一つは前述した事務手続きです。そして、もう一つは労使関係ですが、当然対象は人なので感情がからみます。ですから「あるか・ないか」「〇か・×か」という単純な話ではなく、「どちらともいえない」部分が大きいのでアナログ向きなのです。
 

2.デジタル化ありきのリスク
今はどこもかしこもデジタル化が叫ばれており、情報機器が溢れています。しかし、こと労務においてはデジタル化ありきに大きなリスクが潜んでいます。それは……。

●微妙なニュアンスが伝わりにくい
デジタルは正確ではあるのですが、人の感情における微妙なニュアンスが伝わりにくいと思います。人の感情を数値化するのは難しいからです。例えば「結構です」という文字だけでは、「もう結構です!」と怒っているのか、「結構な出来栄えですね」と誉めているのか相手に伝わりにくく、お互いの間に行き違いが生じてしまいます。

●「わからない人」の孤立
デジタル化の進展により、毎日大量の情報が「私は伝えたよね」を言わんばかり、一方的に流れてきます。もちろん、それらの情報を理解して取捨選択できる人は良いのですが、「わからない人」も一定数いるのです。それでも、自分に有利になることであれば何とか理解しようとするでしょうが、そうでなければ拒否して孤立するばかりです。

●職場のギスギス感が増す
例えば、電子メールというのは発信日時が秒単位で記録されるので便利といえば便利ですが「遊び」がないのが気になります。気になるというのは「私はメールで伝えた。見ていないあなたが悪い」という対峙の関係になりやすいところです。もちろん、見ていない人が悪いわけですが、それも度を過ぎると職場のギスギス感が増します。
 

3.アナログ的な感覚を意識した3つの対応
労務においてはアナログ的な感覚を意識した対応が重要ですが、ひと言で言うなら必要以上に効率化しないことです。コロナ禍で遠ざかった「対面」ですが、今一度その重要性に立ち返るべきかもしれません。

●注意・指導は対面で親身に行う
従業員を褒めたたえる場面ではメールでもラインでも良いと思いますが、勤務に対する注意・指導は2メートル以内の対面で親身に行うべきです。相手の表情、返答の様子などを肌感覚で感じながらでないと相手に伝わりにくいし、こちらの思いも上手く伝わらないからです。難しいことも直接会って話してみると意外と簡単だったりします。

●「遊び」を持たせる
労使関係は生身の人間同士の関係ですから、お互いに「遊び」を持たせたほうがうまくいきます。「遊び」というのは、「あるか・ないか」「〇か・×か」という単純なものではなく、その間に横たわる無限の感情を理解することです。例えば、車のハンドルにも「遊び」があるから事故が起きにくいのです。

●コミュニケーションを効率化し過ぎない
情報伝達だけならメール等が効率的ですが、メールなど文字情報だけでは、たとえ気をつけていても、こちらの意図しない方向で受け取られてしまうこともあります。メールの文面を見ただけでは、内容を正確に理解できない人も一定数は存在するわけですから、「わからない人」には「わかる人」がレベルを合わせるしかありません。

否応なしにデジタル化は進展するでしょう。そうなると、ますます肌感覚が薄れ、ちょっとしたことで職場のギスギス感が増します。だからこそ、労務においては、人の感情に近いアナログ的な感覚で対応することも必要なのではないでしょうか。