労働あ・ら・かると
アンパンマンに学ぶパワハラ予防の勘所
社会保険労務士 川越雄一
〇『アンパンマン』といえば、子どもたちに絶大なる人気を博する国民的キャラクターの一つです。これをパワハラ予防の視点から捉えますと、『アンパンマン』の『ばいきんまん』に対する𠮟り方に大きな学びがあるのです。
1.「ばいきんまん!許さないぞ!」
〇テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』では、『アンパンマン』が、いたずらをする『ばいきんまん』を毎回やっつけます。今の時代、一つ間違えばパワハラとなりそうですが……。
●ワンパターンのストーリー
〇もちろん、子ども向けアニメですからストーリーは単純で毎回ワンパターンです。最初は平穏な街に、『ばいきんまん』がいたずらを仕掛け、『アンパンマン』も一旦弱りますが、新しい顔で元気100倍、得意技のアンパンチ(暴力はいけませんが)により『ばいきんまん』をやっつけます。『ばいきんまん』は「バイバイキーン」という捨て台詞を吐きながら吹っ飛ばされて一件落着です。
●『アンパンマン』が許さないのはいたずら
〇毎回いたずらをしでかす『ばいきんまん』が悪いのは当然です。しかし、『アンパンマン』は、「バイキンマンは悪い奴だ!許さないぞ」とは言いません。『アンパンマン』が言うのは「バイキンマン!また、いたずらしたな!許さないぞ!」です。つまり、『アンパンマン』が許さないのは『ばいきんまん』という人格(彼は人ではないと思いますが)ではなく、いたずらという行為なのです。
●罪を憎んで人を憎まずの教え
〇アニメ『それいけ!アンパンマン』は、1988年(昭和63年)にテレビ放送が開始されたようです。それから36年、多くの子どもたちに夢を与えるとともに、人格の否定ではなく行為自体を注意する「罪を憎んで人を憎まず」を教え続けているのだと思います。実はこの教えこそが、今、社会問題ともなっているパワハラの予防に大きく役立ちそうなのです。
2.部下に指導すべきこともある
〇会社には組織として一定の秩序が必要であり、部下などに対して指導するべきこともあります。その際に注意すべきは、『アンパンマン』のように「罪を憎んで人を憎まず」です。
●会社は仕事をするところ
〇日本では中学校までの9年間が義務教育ですが、この期間に憲法上の「勤労の義務」「納税の義務」を果たせるよう基礎学力等を身に付けさせます。そして、会社等に入社し賃金を受けながら仕事をします。仕事ですから法律を守ることは当然として、職場秩序を維持するためのルールに従うことも必要であり、そこに問題行動があればキチンと指導することも必要です。
●問題行動は正してもらう
〇例えば、遅刻、無断欠勤、適切な業務命令に従わないなどの問題行動には毅然と対応すべきです。今はパワハラを意識し過ぎて、問題行動があったとしても指導することをためらう人が多くなっています。問題行動を一度見逃すと、二度目以降も指導できにくくなります。そして、問題行動を起こす人は「これで良いんだ」とさらにエスカレートします。
●否定するのは人格ではなく行為
〇「罪を憎んで人を憎まず」といわれますが、パワハラ予防の肝はまさにここにあります。「あなたが悪い」ではなく「あなたの行った行為が悪いから正してください。」というような指導を心掛けます。「人を大切にする」というのは、単に優しく接することではなく、問題行動があればキチンと指導することです。
3.人格を否定しない指導3つの視点
〇『アンパンマン』は『ばいきんまん』の人格を否定しないよう叱りますが、職場のパワハラ予防においても次の3つの視点が有効です。
●NGワードを避ける
〇人格否定につながりやすい次のようなNGワードは避けます。お前は目障りだ。お前のかみさんも気が知れない。お願いだから消えてくれ。お前なんかいなくても同じだ。仕事ができなくてもメシはちゃんと食うのか。おまえ何回目だ、何回教えたらわかるんだ。などですが、当事者はもちろん、これを聞いている周りの人も、あまり気持ちの良いものではありません。
●ヒトではなくコトを主語にする
〇例えば勤怠不良を指導する場合、「遅刻したあなたが悪い」ではなく「遅刻したことが悪い」といった具合です。また、データを示しながら話すと相手も理解しやすくなります。顧客対応に問題があれば、「あなたの顧客対応においてココにこういう問題があるから、こう改善できるともっと良くなる」といった具合です。
●個別に対面で伝える
〇指導は個別で2メートル以内の対面が原則です。相手が自分の言動をどう感じているか、どう伝わったかを肌感覚で感じ取るためです。最近はメールなどで指導を行う人もいるそうですが、活字が独り歩きし、それ自体がパワハラになりかねませんので避けるべきです。また、指導中にこちらが興奮し感情的になるのは論外です。
〇「罪を憎んで人を憎まず」とはわかっていても、これがなかなか難しいものです。ですから、その勘所をつかむためにも童心に帰って『それいけ!アンパンマン』をご覧になってはどうでしょうか。