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クルーズ船に乗って客船乗務員という職業の奥行きを垣間見る

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

このゴールデンウィークに、最近流行しているらしいクルーズ船なるものに初めて乗ってみました。
外国船籍の船なのでパスポートがいるということでしたが、たまたま今イザベラ・バード(1878年に来日したイギリスの女流旅行作家)の日本紀行を読んでいる途中だったので、彼女ほどの観察眼はない筆者ではありますが、一生懸命「はたらく」という観点から観光旅客船というものの中を観察したことを今日は書こうと思います。
久しぶりのデジタルデトックスのゴールデンウィークのはずなのですが、昭和世代としてはどうしても仕事の影がちらついてしまうことは仕方がありませんし、別にそれでストレスがたまるわけではありません。

横浜の日本大通りの駅から、大桟橋の送迎バス(乗船したクルーズ船は大きすぎて横浜ベイブリッジをくぐることができないため、ベイブリッジの沖側の大黒ふ頭に停泊しているので、そこまでの送迎)乗場に行くまでの間に、何人もの人が道案内をしているという光景を見ると、この人たちは日雇い派遣での就業なのか、日々紹介で今日この仕事をしているのだろうか?と思ったり、この人件費をかけて採算が合うのだろうか、毎日クルーズ船が寄港するわけがなく、ということは毎日仕事があるわけではないスポットワークなのによく人を集めたな、などと思いめぐらせながら山下公園を横目に大桟橋の方に歩きました。
またついこの間(なのにずいぶん時が経ってしまったように感じますが)、2020年の4月の話ですが、労働局の方に連絡をとろうとすると、軒並みつながらず、コロナ禍が発生してしまったクルーズ船のところに検疫応援(たぶん)に行っていたことなどで「この辺りはとても大変だったのだろうなぁ」と思い出しました。

利用したクルーズ船の乗客定員は5,500人余(GWだったので、ほぼ満員)、乗組員数1,500余人、全幅43m全長315m余(ほぼ東京タワーが横になってる!)という規模なのですから、乗船するにも大変な時間がかかるだろうと覚悟をして行ったのですが、まあ人流の対処策としてはかなり完成度が高く、それほど時間がかからずに乗船することができました。
もちろん船の出港予定時刻は19時なのに案内された乗船時間は12時ということですので、5,000人の乗客を約5時間かけて出入国管理局の出国手続きも含めて乗船させるのですから、やっぱり大変です。
でも一生懸命乗船手続きをしたり、道案内をしている人の中には高齢者の方々も多く見受けられ、安定雇用ではないにしろ高齢者の雇用創出にも貢献しているのではないか、それは良いことではないかと思ったりしながら乗船手続きを進めました。

船員という職種の職業紹介は、民間職業紹介とは別枠になっているので知識がそもそもないのですが、まあ船主はイタリアでマルタ船籍ということですから、おそらくは船の中はイタリアの労働法かマルタの労働法が適用されるのだろうと勝手に思ったり、接岸しているときは日本の労働関係法令の適用はどうなるのだろうと思ったりしながら、乗船したわけです。

日本各地に、何箇所か上陸し、一か所は韓国というクルーズでしたけれども、サービスを担当する乗組員の方たちに「君たちはどこの国の人なの?」と聞くと、多かったのはインドネシア国籍の方とフィリピン国籍の方でした。
もちろん日本人乗務員も乗船していて、話を聞くと先週までカリブ海のクルーズに乗っていたそうですが、急遽このクルーズ船が日本から出航するということで、同じ船主から日本から出港するこの船に乗るようにと、人事異動の発令があってやってきたということでした。船長に雇われているのではなくて、船主雇われていて、船の中では船長の指揮命令下にはいるということのようです。

寄港地ではいろいろなオプショナルツアーも用意されているのですが、筆者は、「excursion」(遠足)と表示されたサービスカウンターで、船の中を二日に分けて、機関室や操舵室と厨房やランドリー室を見学クルーズするというメニューを見つけ、早速申し込みました。
停船中に入ることができた操舵室では、船長自らいろいろ解説をしてくださったのですが、何よりびっくりしたのは予想していた「舵輪」が見当たらないのです。(筆者は若い頃、船舶操縦士の免許を取るのに実技試験を受けた記憶があります。)
そこにあったのは、ゲームセンターで見るような小さなスティックで、嬉しそうに解説するイタリア人船長によれば、「これで操縦する。」ということでしたし、「もっとも、ほとんどはコンピューターが操縦するんだ。」ということでもありました。
表示板も昔見たアナログの針は見当たらず、羅針盤や海図もみんなディスプレイですので、筆者が知っている船長室操舵室とは全く違う光景に、やはり時代の変化を感じた次第です。
その船長も船主の指示によって、今回は横浜からこの船の船長をしろということで乗船したということなので、じゃあその前はどんな船に乗っていたんだと聞くと、「貨物船に乗っていた。そういうことはよくあるのだ。」ということでした。「自分はソマリアで海賊に襲われたけど、撃退したのでネットであとで調べたらわかるよ。帰港したらカメラのフラッシュが多かったよ。」と、鼻の穴を膨らまして自慢そうに話していたのが印象的でした。

もう一つ、内側をクルーズするという、そのオプショナルツアーについて興味深かったのは、全く外の見えないところで、ずっと洗濯物をランドリーをしている人とか、料理をつくっている厨房などのバックスペースを歩いていると、HRという文字が目に留まったことです。これは船内人事部なのかと質問したところ、「人事ルームです。」ということでした。
人事室は前を通れただけで奥には入れませんでしたし、写真撮影も禁止だったのであまりじっくり見られなかったのですが、入口から覗いたところ、個別ミーティング用と思われる部屋もあった上、入口には求人掲示板らしきものも見えました。
「何故船内に求人掲示板があるのですか?」と案内してくれた方に聞いたところ「欠員が出るとここに求人が掲示され、賃金の高いしごとに応募するのです。」という説明でした。
「欠員?航海中に?」と重ねて質問すると、レッドカードシステムというのがあって、三枚受けると下船(たぶん解雇)ということだそうです。
レッドカードを受けてしまう例としては「タイムカードの打刻忘れ」「ネームバッジ着用忘れ」「重大ミスによる顧客からの大きなクレイム」などがあるそうで、なかなか厳しい就業規則と見受けました。
個別面談室については、新人乗務員にたまに見られるそうですが、従業員の居室には窓がないそうで、やはり不慣れと閉所恐怖症などでメンタルハザードを起こすことがありえるので、そういうカウンセラーもいるんだということでした。1500人の乗務員がいるわけですから、当然といえば当然なのかもしれません。

日本国内の寄港地では、船の外を覗くと、地方自治体がバスを何十台も用意をして、街中心部の消費施設のある所に案内をする光景も見ました。
旅行客を受け入れる地方自治体とすれば、インバウンド(と言っても8割方は日本人ですが)購買やサービス消費需要が押寄せるわけでますから、自治体が一生懸命バスで消費地まで顧客を送るという気持ちは理解します。
2000人の人が3000円ずつお金を使った(多分もっと使うと思いますけれども)としたらという皮算用もしてしまうのですが、5、6時間に集中して大量消費がその地域に発生するということは、経済欲求とか消費喚起の点では素晴らしいと思うものの、一方でやはり一気に集中してしまうが故に、飲食店や街が大混雑してしまうといったような弊害・オーバーツーリズム現象を呼ぶのではないかという懸念は払拭できませんでした。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)