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最低賃金 前年(43円増)を大幅に上回る時給50円~60円プラスの目安の可能性はー

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

春闘・賃上げでの労使交渉では、過去、引上げ額・率を巡って労使が厳しい論戦を交わしてきたものだ。ところが2024春闘では、労使の主張に大きな隔たりがなく、物価上昇を上回る賃上げの実現を目指すことを手掛かりに、物価と賃金、経済の好循環の出現、デフレ脱却が政労使の共通認識となった。加えて、人への投資、現場力のアップに話題が集中、2023年12月連合が2024春闘要求で、「5%以上」に力点を掲げる中、経営サイドからは労組の要求を上回る6%アップ、7%アップの賃上げを実現したいとする主張が相次ぎ、中でも非正規社員の代表格であるパートタイマーの賃上げを正社員以上に引き上げるという発言も飛び出すなど、競って、労組の賃上げ要求を上回るような経営首脳陣の発言がマスコミに報道され、注目を集めたものだ。

そうした結果、2024春闘相場は、連合調べ(6月5日時点)の第6回回答集計では、5000近い組合で定昇込み1万5,236円、5.08%、前年比4,429円増、1.42ポイント増を達成、2013年以来の高額、高率となったとする。同様に、春闘相場づくりの役割を担う金属労協(IMF・JC)の2024春闘中間まとめによると、大手企業で1万2,344円、299人以下の中小企業で7,935円と大企業と中小で格差が見られたが、大手に追随する形で、中小もそれなりに賃上げが実現したと中間総括する。
一方、経団連の主要企業における2024年賃上げ集計結果をみると、1万9,480円、5.85%と前年の3.88%を大幅に上回っている。中小企業の結果(6月13日現在)は、1万420円、3.92%だ。
こうした結果から大手では1万5,000円から2万円弱、5%台、中小では8,000円から1万円前後の4%前後が2024春闘相場と言えそうだ。
さらにパートタイマーなど非正規社員の賃上げ動向に目をやると、連合調べで、有期・短時間労働者の時給アップは、62.7円増、3.54%。パートタイマーを数多く組織するUAゼンセンの調査(4月1日現在)では、6.11%と正社員を上回っている。

昨今、流通・サービス・飲食など多くのパートタイマーが活躍する職場では、人手不足が深刻で、人材確保に懸命。それだけに、時給アップも目立ち、新聞などに織り込まれる求人チラシに目をやると、時給1,200円は当たり前、1,300円、1,500円、資格が必要だと2,100円など最低賃金(全国加重平均で1,004円)を上回る見出しが目に付く。

6月は、中央最低賃金審議会が開かれ、厚生労働大臣から2024年の最低賃金の引き上げの目安の諮問があり、早ければ7月末、遅くとも8月段階で2024年の最低賃金引上げの目安答申がなされる手はずだ。果たして、有識者と労使の3者構成で議論される目安相場が、2023年の41円(実際は43円に)から、どこまで引き上げられるのか、労使納得のいくデータからどのような目安額となるのか、注目が集まる。
賃上げ相場やパートの時給引上げの実態からみて、果たして、2023年度に比べ、どこまで引上げられる可能性が生まれるのか。最低賃金の目安制度が出来て、最高額となる50円台、60円台が出現するのか、経営基盤が弱い中小・零細企業の声がどこまで反映されるのか、ここ数カ月の中央最低賃金審議会の動向から目が離せない。
岸田首相も「2030年代の半ばまでには1,500円最低賃金の実現」を口にするだけに、目安の行方に注目が集まる。

最低賃金を巡っては、労働側の連合や中小企業を数多く組織する商工会議所・全国中小企業団体中央会など経営側の団体から、それぞれの立場を踏まえた意見表明があり、加えて第三者的な立場から大幅な最低賃金アップを呼び掛ける日弁連会長声明など、注目したい動きを眺めてみると以下のとおりだ。
同時に、日本の最低賃金は国際的にみて、かなり低位にあり、サミット参加国では最下位だ。中でも隣国・韓国の最低賃金に金額的に5年前、逆転されている実態にも目を向けてみたいと思う。

まず、連合の最低賃金を巡る課題認識をみると次のようだ。
主なものは、①絶対水準が低く、地域間格差が大きい地域別最低賃金の存在を指摘する。連合が掲げる「誰もが時給1,000円」は、いまだ実現していない。今の水準で年間2,000時間働いても年収200万円に満たず、働く者のセーフティネットとしては不十分だと指摘。地域別最低賃金は、最低賃金法第1条に規定する生存権を確保した上で、労働の対価としてふさわしいナショナルミニマム水準へと引き上げるべきだと主張する。
さらに②地域間格差の是正も大きな課題である。2002年度の時間額統一時には、104円だった最高額と最低額の額差は、2015年度223円まで拡大し2022年度には219円まで縮小したものの、2023年度には再び220円まで拡大した。深刻な人手不足の中、地域間額差を是正しなければ地方から都市部への更なる労働力の流出につながり、地方の中小・零細企業の事業継続・発展の厳しさに拍車が掛かることは明白だ。
政府は全国加重平均1,000円達成後の新たな中期目標として、「2030年代半ばまでには全国平均が1,500円となることをめざす」としているが、その考え方や目標水準、時間軸を設定した根拠についての説明はない。労働の対価としてふさわしいナショナルミニマム水準としては、相対的貧困ラインとして国際的に認識されている賃金中央値の6割に到達する必要があると考える、との姿勢を明かす。
その上で、連合の2024年度最低賃金取り組み方針として、①「誰もが時給1,000円を速やかに達成する、②地域間額差の是正を進める、③「誰もが時給1,000円」達成後の次の中期目標の設定を第3回中央執行委員会(2023年12月)で確認。
その具体案は、①今後2年程度で、全都道府県で1,000円以上への引き上げを目指す、②1,000円達成後は、連合リビングウェイジ及び一般労働者の賃金の中央値の6割水準を目指し、段階的に取り組む、③地域間の「額差」縮小を図りつつ、中期的な全国目標の実現を目指す、というものだ。
注目の中央最低賃金審議会への取り組みでは、①全都道府県で10月1日に改正が発効できるよう遅くとも7月末までの目安答申を目指す、②目安額の考え方としては、連合の中期目標を踏まえ、法定最低賃金決定の三要素を考慮しつつ額差改善に結びつく目安の引き出しを目指す、③中央最低賃金審議会は、地方での審議に資するよう審議会でとりまとめた目安額などについて地方審議会委員への理解浸透を図るとする。

一方、経営サイドは、どのようなスタンスで2024最低賃金交渉に臨もうとするのか。中小企業を束ねる日本商工会議所、東京商工会御所、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会の4組織は、去る4月18日、「最低賃金に関する要望」をまとめ、政府に要請を行っている。
最低賃金を巡る昨今の情勢についての認識をみると、「深刻な人手不足と物価上昇を背景に、大企業を中心に賃上げの動きが広がりつつある、日本経済がデフレから脱却し、真に力強さを取り戻すためには、物価と賃金の好循環により実質賃金の上昇につなげていくことが求められている」とし、「そのためには、雇用の7割を支える中小企業・小規模事業者の賃上げが重要である。人手不足などを理由とする防衛的な賃上げではなく、業績の改善を伴う前向きな賃上げの動きを広げていかなければならない」との見解を明かす。
その上で、「最低賃金については昨年、地方最低賃金審議会において、中央が示す目安額を上回る引上げが相次ぎ、過去最高となる全国加重平均43円の大幅な引上げとなった。法定三要素(生計費、賃金、企業の支払い能力)のうち、生計費(物価)と賃金が上昇局面に入る中で、ある程度の引き上げは必要と考えるが、中小企業、小規模事業者の経営や地域経済に与える影響については、十分注視が必要である。
最低賃金制度は、労働者の生活を保障するセーフティネットとして赤字企業も含め強制力を持って適用されるものであり、法の主旨に則った審議決定が求められる」との認識を明かす。
こうした立場で4団体は、次の6項目にわたっての要望を公表している。
①  中央・地方の最低賃金審議においては、法定三要素に関するデータに基づく明確な根拠のもと、納得感のある審議決定をー。
②  最低賃金引上げが、中小企業・小規模事業者の経営や地域の雇用に与える影響に注視をー。
③  中小企業・小規模事業者が自発的・持続的に賃上げできる環境整備の推進をー。
④  中小企業・小規模事業者の人手不足につながる「年収の壁」問題の解消をー。
⑤  改定後の最低賃金に対応するための十分な準備期間の確保をー。
⑥  産業別に定める特定最低賃金制度の適切な運用をー。

さらに国民的視点からといえる日弁連の会長声明を読みとく
日弁連は去る4月末、「最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の是正を求める会長声明」を公表。庶民感覚の視点から最低賃金額の引き上げで労働者の生活の安定と国民経済の健全な発展を実現するような方向で中央最低賃金審議会において(目安)答申がなされるよう求めている。
会長声明は、次のようである。そこには、最低賃金の置かれている課題や問題点が指摘され、今日的課題に応えるような答申内容を求める姿が読み取れる。
2023年の最低賃金は、最終的に全国加重平均で前年比43円の引き上げ(中央最賃審議会では41円の引き上げ目安を答申)1,004円となった。この水準は、1日8時間、週40時間働いたとしても月収約17万4,000円、年収約209万円にしかならないと分析。昨今の円安やロシアによるウクライナ侵攻の影響などで、消費者物価の大幅な上昇がつづいており、労働者が安定した生活を送るには程遠い水準だ。
昨年度は地域間格差を解消することを目的に全国都道府県をA~Dの4ランク制から3段階に変更、地域間格差是正をめざしたが、最高額の東京都の1,113円と最も低い岩手県の893円の差は220円で、地域間格差は解消されていない。
むしろ東北地方、九州地方を中心にCランクの地方最低賃金審議会で、目安を4~8円上回る形の答申が相次いだという特徴があった。地方では賃金が高い都市部への就労を求めて若者が地元を離れてしまう傾向が強く、労働力不足が深刻化している。地域経済を維持し、さらに活性化するためには、最低賃金の地域間格差を解消することが急務であることを、地方ほど危機感を持って認識していることの表れである。
さらに日本の最低賃金が先進諸国の最低賃金と比較しても著しく低いことは従前と変わっておらず、日本の相対的貧困率が15.4%と、先進各国中最悪となっている要因の一つでもある。
日弁連は2020年2月、「全国一律最低賃金制度の実施を求める意見書」を公表、地域別最低賃金を廃止するとともに、最低賃金については中央最低賃金審議会において決定する仕組みに改め、一定の猶予期間を設け、東京都を含む最低賃金の高い都道府県の最低賃金を引き下げることなく全体の引き上げを図るとともに、併せて充実した中小企業支援策を構築することを求めてきた。
この点、最低賃金の大幅な引き上げは、特に地方における中小企業の経営に影響を与える可能性が大きいが、元々中小企業の経営基盤は決して盤石なものではない。したがって、今後、さらに最低賃金を引き上げていくに当たっては私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)や下請代金支払遅延等防止法(同31年法律第120号)をこれまで以上に積極的に運用し、中小企業とその取引先企業との間で公正な取引が確保されるようにするとともに、社会保険料の事業主負担分の減免などの中小企業支援策を実現することが不可欠である。
日弁連は、最低賃金を取り巻く以上のような実態に鑑み、引き続き国に対し中小企業への十分な支援策を求めるとともに、今後予定される中央最低賃金審議会における審議において地域別最低賃金の格差を少しでも縮小しつつ、最低賃金額の引き上げを図り、労働者の生活の安定と国民経済の健全な発展を実現するような方向での答申がなされるよう求める、とする。

わが国の最低賃金,5年前の2019年、韓国に抜かれ低迷つづく
国際的にみて低位にあるわが国の最低賃金が韓国に抜かれている実態をみる。
20~30年前頃までは、韓国の賃金は、日本の3分の1程度だった。それが韓国の産業近代化とともに、賃金は上昇をつづけ、最低賃金も日本に比べ、12年前の2012年の韓国の最低賃金は458円(韓国最賃4,580ウオン、1ウオン=円換算0.11円で概算、以下同じ)で、日本の最低賃金749円の60%程度だった。それが10年前の2014年には韓国の最低賃金は573円、日本の最低賃金は780円で、日本の70%強程度まで底上げがみられた。
6年前の2018年の韓国の最低賃金は前年比16.4%増の828円に上昇、日本の874円に大接近、日本の最低賃金の95%とほぼ肩を並べる段階を迎え、今から5年前の2019年には前年比10%増の最低賃金918円を決め、日本の最低賃金901円を上回り、一気に日本と韓国の最低賃金は逆転した。以後、2020年韓国945円に対し、日本は902円、2021年韓国959円、日本930円、2022年には、韓国の最低賃金は1,007円と初めて1,000円台乗るも、日本は961円と40円強離され、2023年には韓国の最低賃金1,058円に対し日本の最低賃金1,004円で、その差は44円広がっているのが現実だ。