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労働あ・ら・かると

就業規則を従業員定着に活かそう

社会保険労務士 川越雄一

 

昭和の時代であれば、「トップが右と言えば右」が堂々と通用していたかもしれません。しかし、令和の今は「なぜ右なのか」と、その根拠まで明確に伝えないと納得してもらえない時代です。納得してもらえないだけなら良いのですが、それが原因で不信・不満となって労使トラブルを引き起こしたり、早々に離職されたりします。そうならないためには……。

1.トップの“直感力”で何とかなっていた時代

●直感力による労務管理
直感力とは、説明や証明を経ないで、直ちに物事の真相を心で感じ知る力です。中小企業のトップ、特に創業者にはこの直感力に長けた方が多く、人の雇用において少々危なっかしいことでも無難に乗り越えられます。そのため、労務管理などという体系的な仕組みがなくても困ることなく、不思議なくらい大きな問題は起きていませんでした。
●「なぜそうなるのですか?」
しかし、最近はトップの発した言葉に「なぜそうなるのですか?」と、堂々と反論されることも珍しくありません。それに対して説明できるような根拠がなく、トップが返答に窮し「まあまあ話せば分かるじゃないか」などと言おうものなら、うまく丸め込もうとしているような印象を受け、場合によってはそのことだけを捉えて、胡散臭い会社の印象を持たれます。
●直感力も裏を返せば場当たり的
トップには状況を瞬時に読み取る直感力が必要です。特に中小企業の強みである意思決定の速さ、経営の柔軟性などは直感力が源泉であることが少なくありません。しかし、これも裏を返せばワンマン、場当たり的だと受け取られることもあります。もちろん、それでも雇用関係がうまくいっているうちは良いのですが……。

2.場当たり的な対応に従業員はヘトヘト

雇用関係にはトップの直感力も必要ですが、こればかりだと従業員への対応が場当たり的になりやすくなります。就業規則などのルールによらず、トップの恣意的な対応の下で働くことほど疲れ果てることはありません。
●ブラックボックスになりやすい労務管理
トップが、その時の気分により場当たり的な対応をしてしまうと、労務管理がブラックボックスになります。つまり、働くうえで何が良くて、何が悪いかという基準が不明確で、従業員はルールである就業規則ではなくトップの顔色を見て行動するようになります。このような状況が続くと従業員はヘトヘトになってしまいます。
●恩情と義務を混同する
従業員に対しては少なからず恩情が必要です。しかし、恩情と会社の果たすべき義務は別次元のものであり、それを混同し相殺するのはNGです。例えば、「賞与を多く出したから多少のサービス残業はやってね」というようなことです。そのようなことを言われた従業員にしてみれば「それはそれ、これはこれですよね」と、トップへの信頼はガタ落ちです。
●ルールを都合よく持ち出す
就業規則には会社と従業員、双方にとってのルールである権利・義務が記載されています。これを、会社に有利な部分だけを都合よく持ち出したらどうでしょうか。日頃から就業規則を周知していないのに、従業員が不始末を起こすと、ここぞとばかりに「就業規則に基づき処分する」といった対応では、「そんなルールがあったのですか?」と、返り討ちに遭います。

3.就業規則を物差しにする

雇用関係におけるルールは就業規則ですから、これを物差しにした労務管理をおこなっておけば、社内に公平感が醸成され働く人が安心感を持ち定着につながります。
●就業規則は実態に合わせておく
就業規則は法改正に合わせて改正することが多いと思いますが、それ以外でも常に見直して実態に合わせておきます。もちろん、法律を下回るルールは無効となりますが、そうでなければ会社のルールが優先します。特に具体的なルールを示さないと納得しない人が多い、今のような時代はなおさらです。
●トップも就業規則を守る
就業規則は、使用者であるトップと被用者である従業員との雇用関係を円滑にするためのルールです。ですから、就業規則の規定は、有利・不利なものを含めて会社と従業員双方で守ることが必要です。ルールは法律を基準に作りますから、中小企業にとっては厳しいところもありますが、それを一所懸命に守ろうとするトップの姿勢に従業員は惹かれるのです。
●就業規則を基に従業員には公平に接する
トップも人間ですから人の相性というか好き嫌いもあるでしょう。しかし、ここはグッと堪えて極力公平に接します。これは意識しておかないと、自分で気付かないうちに“えこひいき”をしてしまいがちです。だからこそ、常に就業規則などのルールを物差しにした労務管理が重要なのです。

就業規則も、以前なら労働基準監督署に指導され渋々作成・届出していた会社も多かったと思います。しかし、ルールや根拠を示さないと納得しない従業員が増えた今は、従業員定着策の一つとしての役割が重要になっているのです。