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労働あ・ら・かると

法律が“通用”する約束をしておこう

社会保険労務士 川越雄一

「採用時には、残業代は基本給に含まれていると約束していたのに……」
労使トラブル、とりわけ残業代の未払いでもめ事が起きた場合に、経営者からよく聞くフレーズです。確かに採用時にはそのような約束がなされていたのかもしれませんが、もめ事が起きてしまうと法律が判断の物差しとされ、それから外れる約束は評価されにくいのが一般的です。

 

1.私人間の契約・約束は自由に結べる

採用時はお互いに前向きです。また、民法には「契約自由の原則」がありますから、私人間の雇用契約において、どのような約束をするかは自由なのですが、民法の特別法である労働基準法が立ちはだかります。

●雇用契約は約束で成り立つ
雇用(労働)契約は、労働者が労務を提供し、それに対して使用者が対価としての賃金を支払う契約です。契約を平たく言えば当事者同士の約束で成り立ちます。雇用契約においては民法の大原則である「契約自由の原則」はあるものの、労働基準法により多くの制約が課せられています。その代表格が労働時間と賃金です。
●残業代込みの基本給
「営業は時間が不規則だから、そのぶんも基本給に含まれてるからね」「はい、結構です」という約束はあるかもしれません。今ではそうでもないかもしれませんが、営業職で働こうとする人であれば、採用時に残業代云々ということを口にはしにくいのではないでしょうか。こうしてお互いに納得尽くで約束は成立します。
●始業時刻前30分・終業時刻後30分は残業代なし
営業職ではなくても、始業時刻前30分・終業時刻後30分は所定労働時間の「おまけ」みたいな感覚があるのではないでしょうか。仮に9時始業、18時終業の会社の場合、「8時半くらいには出勤し、18時半くらいまでは残ってもらうけど良いかな」「ですよね、大丈夫ですよ」といった具合です。もちろん「おまけ」ですから会社は残業代支払いを想定していません。

 

2.もめ事が起きると手の平を返される

お互いに前向きな採用時に取り交わした約束ですが、もめ事が起きると一変、手の平を返されます。納得して約束していた従業員も、手の平を返した後は法律を前面に出し、言葉や態度などが、それまでとがらりと変わります。

●手の平を返すまでは遠慮、返したら辛辣(しんらつ)
従業員が手の平を返すのは退職後です。在職中は遠慮もありますが、そのぶん退職後は言動も辛辣になります。辛辣とは、言い方や表現が極めて厳しいことを意味しますが、「私は残業代なしで、朝から晩までこき使われた」などというようなことです。もちろん、経営者に面と向かってではなく、弁護士さんに依頼し自分の言い分を一方的に伝えてきます。
●理不尽で一方的な言い分にも反論できず
退職した従業員の理不尽で一方的な言い分に、腑(はらわた)が煮え繰り返ります。そこで、怒りをあらわに「採用時には納得して約束したではないか」と訴えるも、従業員の依頼した弁護士さんからは「違法な約束・契約は無効です」と反論もできません。結局のところ、もめ事が起きてしまうと解決の物差しは法律ということになります。
●残業代は3年間さかのぼる
残業代請求の時効は3年間です。3年間の起算日は賃金支払日の翌日です。ですから、未払いの残業代がありますと、退職後も過去の3年分は請求される可能性があるわけです。会社は従業員との間で払わないという約束をしていたとしても法律上は通用しません。3年間の時効は近い将来、5年に延びる予定です。

 

3.通用する約束3つのポイント

手の平を返されると法律が判断の物差しになりますが、それに通用する約束のポイントとしては、合法的であること、一方的に有利・不利でないこと、そして守れない約束はしないことです。

●合法的な約束であること
当然ながら、従業員との約束は合法的であることが必要です。採用時には約束としての証である雇用契約書を取り交わしますが、その要件は労働基準法等で事細かく定められています。慣れていない会社は厚生労働省のモデルを使うのが無難です。このモデルに従って必要事項を盛り込めば大きく外れることはありません。
●一方的に有利・不利ではないこと
約束・契約というのは一方的に有利・不利ではないことが重要です。法律自体には直接抵触しなくても、もめ事が起きた場合、約束・契約内容が従業員にとって極端に不利な内容だと、過去の裁判例等と照らし、有効・無効が判断される可能性があります。そもそも、雇用契約はお互いに権利・義務を負う双務契約ですからお互い様の感覚が必要です。
●守れない約束はしないこと
法律を上回る内容でも約束してしまえば、それが法律より優先します。例えば、残業代の割増し率を50%と約束してしまえば、法律上の25%では未払いになります。ですから、採用時の勢いで見栄えの良い約束をするのではなく、将来的に実行可能な約束をしますし、守れないような約束はしないことです。

労働時間や賃金などのもめ事に直面しますと、つくづく採用時の約束が大切であることを感じます。もちろん、法律が通用する約束です。