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労働あ・ら・かると

今月のテーマ(2012年03月 その3)人間をこきおろすことと、仕組みを批判すること

昨年の話です。ある人材サービス団体の会で、ある方のスピーチを聞く機会がありました。震災の後でもあり、若干興奮気味だったのかもしれませんが、「東京電力の人には現場力がないのはけしからん。JRでからくも乗客を誘導した乗務員は現場力がある」という話でした。

私は、その話を聞いて、違和感を持ちました。本当にそうなのか、どこから情報を得たのだろうかと思ったのです。マスコミの見出しや聞きかじった情報をもとに、責任ある人材サービスにかかわる人たちが、人材をこきおろすのは問題があると思います。

結果論ではありますが、その後、スピーチでこきおろされた東京電力福島第一原発の所長さんは、注水を中止したのではなくて、まさに現場力によって注水を続けた事実が明らかになったと報道されています。JRについて言及すれば、気仙沼線の方たちは立派だったと思いますが、その後、北海道でトンネル事故があったときに避難誘導をマニュアルに頼りすぎてうまくいかなかった事例も報告されています。

世の中のことは、人間がかかわってやっています。大きな現場しかり、小さな現場しかり、世の中のビジネスもしかりです。人びとが責任感やコンプライアンス意識をもっていなければ、その作る社会は大混乱します。

要は、世の中の仕組みや事故を教訓化するときに、「仕組み」を批判することは多いにすべきですし、事故があったときには必ず教訓化して、必ず再発防止策を考えるのは人間の歴史の進歩の源泉だったはずです。震災しかり、原発事故しかりです。

重大な事件を巻き起こした企業の従業員であっても、労働者として尊重される面が無くなっていいとは思いません。特に一定規模の企業体であれば、一人のミスだけで事故が起きてしまった場合でも、その「仕組み」の問題を解明教訓化すべきです。個々の働く人を声高にこきおろしている人を見ると、どうも社会的に反響の大きい事件の「加害企業に所属している人」に対しては、言葉による処刑をしたがっているようにすら見えます。「犯罪者に人権はない」という発想がとんでもないことであること以上に、事故や疑獄事件を起こした企業と、その従業員を一緒くたに非難することは社会の見方を誤らせるのではないでしょうか。

「あいつはけしからん」と個人をこきおろしたり、それで溜飲を下げているように見える場面に遭遇し、それが影響力のあるマスコミ報道や責任のある方の演説だと、私はとても気になります。

仕組みの中枢であったり、企業経営の経営者だったりする人と、中堅以下でそのビジネスや仕組みを一生懸命回そうとしている人は区別されるべきです。それを一緒くたにして、例えば「東京電力の連中は現場力がない」と決めつけるスピーチを人材をビジネスの素材としているサービス産業の方が言うのはいかがなものかと言わざるをえません。

もちろん、事故を回避できなかったその仕組みを作った方や学者たちが批判されるのは当然です。前述のスピーチの主は聞き手のなかに東京電力の関係者はいないと思い込んでいたのか、あるいは、東京電力の二次下請け、三次下請けの人で、与えられた職務のなかで被ばくの危険のなかで一生懸命仕事をしている人びとの姿は見えていないんだなあとつくづく思いました。

繰り返しになりますが、「事故を回避できなかった仕組み」は大いに批判した方がいいと思います。現場にいる関係者に思いを寄せられないマスコミの動向や政治の動きはありますが、少なくとも人材サービス産業~紹介や派遣や請負、教育、研修など~にかかわる方々は人をこきおろすことで溜飲を下げるようなスピーチをすべきではないと私は思っています。

考えてみれば、日本の制度自体が疲弊してきているとは思うものの、一人ひとりの日本の国民が(ずるをしたり、犯罪を犯したりする人はいるわけだけれど)、犯罪をいかに防止するかという「仕組み」を論議し、事故の再発を防止するということをいつも意識しないで、対処療法だけで終わり、事故を起こした本人をぼろくそにこきおろすことでは社会の進歩はない、ということをあえてこの時期だから言いたいと思います。

先だっても職業紹介を利用された方から、その会社の面接を終わり、帰ろうとしたときに、後ろから「今日の玉はどうしようもない。箸にも棒にもかからない」という声が聞こえたというクレームをいただきました。これまた、我が業界の話で恥ずかしいと思いますが、人材をそのようにしか見ない人材ビジネスがもし発達してしまうような日本であったり、世の中であるとすると、暗澹とした気持ちになります。

就職に困難な人ほど、迷っている人材ほど手厚い助言が必要なのです。にもかかわらず、人材を表面だけ扱って商売にしようとすることは非難されても仕方ないと私は思うのです。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)

【岸健二(社)日本人材紹介事業協会(略称/人材協)事務局長】