労働あ・ら・かると
人材ビジネス いろはかるた 2015
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
昨年同様の書き出しとなりますが、被災後4度目の冬の中、一部復興が進んだとはいえ、未だ故郷に帰還できない大震災と原発事故被災者の方々、福島にて被爆の危険の中黙々と廃炉作業等に従事している方々、戦乱や困窮の中にある世界中の人びとに思いを寄せながら、新年のご挨拶を申し上げます。
一昨年、昨年に続き3回目となりますが、今年も「人材ビジネスいろはかるた2015」として続けたいと思います。
よ 葦の髄から天井覗く
細い葦(よし)の茎の管を通して天井を見て、ほんの一部しか見ていないのに、それで天井の全体を見たと思い込むこと。自分の限られた経験や狭い見識だけに基づいて、勝手に誤った判断をするさまを例えて言う。
「人材コンサルタントが自分の経験ばかり自慢話をして、私の相談の話をちっとも聞いてくれなかった。判ってくれようとしなかった。」というのは、私の仕事の「人材紹介業利用者(人材/求職者)からの苦情相談」で無くならない事象です。加齢のせいにしたくはないと思いますが、人生経験豊富で、余りご自分自身は転職経験のない(≒多様な企業文化や多様な人材の気持ちの知見がやや乏しい)年配の人材コンサルタントや、若くても思い込みの激しい(≒視野の狭い)担当者が起こしがちなトラブルですので、人材紹介に携わる方々には、押しなべて「示唆的助言の前にまず傾聴」を心がけていただきたいものです。世代、性別、業界、職種などで多様な人脈を持つ方が、限られた人生経験職務経験という「葦の髄」からでも、広角レンズやズームレンズを使うような視野が持てるように心掛けたいと思います。 to have a narrow view of things
た 立つ鳥跡を濁さず
水鳥が飛び立った後の水辺が、濁らずに清いままであることから、立ち去る者は、自分のいた場所を汚れたままにせず、きれいにしてから行くものだという訓戒。
ハローワークなどに比べ、登録人材の方の現職率(現勤務先に在籍のまま、より好条件の雇用環境を求める人材の比率)が高い民間人材紹介業経由で、転職をされる方に対して、担当人材コンサルタントがよく使用する言葉です。
昨今は開発技術者の方の特許権の帰属や、在職中知りえた企業秘密を巡って、元社員を訴える裁判事例なども見られ、紛争無く円滑な転職先選択を実現するための適切な助言をするために、人材コンサルタントがなお一層倫理徳性を磨いてくことが求められています。 It‘s foolish bird that defiles its own nest.
た 他山の石
他人のつまらない言動・行動も自分の知徳を磨く助けとすることができるという教訓。リーマンショック後、製造派遣や請負業界の中で基本的な労働法知識が欠如した人材ビジネス業者によって不当な解雇が発生し、社会現象として「年越し派遣村」が報道された記憶を風化してはならないと思います。
悲しいかな昨今一部の人材派遣業界の方々からは「あれはほとんど全員が街の浮浪者だった。」「もう昔の話」。といった言葉が聞こえます。私も当時派遣村現地を訪れましたが、一部いわゆるホームレスの方もいらっしゃったかもしれませんが、急激な経済環境の変化により減産を余儀なくされた派遣先から派遣契約を打ち切られた派遣元事業者から、理不尽な解雇通告を受けた労働者がいたことも事実です。
背景に「人の就業に介在して利益を得ることはけしからん。」という人材ビジネスへの偏見があるからこそ、派遣村を他山の石として、派遣以外の人材ビジネス業界も含めてなおさらコンプライアンスを重視し倫理徳性を磨かなければならないのではないでしょうか? Let his failure be a lesson to you.
れ レスポンスの悪い人材紹介業は避けるが勝ち
Web上の人材紹介事業者への不満を眺めますと、「質問に何の返事もない。」「求職登録したのに何の連絡もない。」「関心のある求人に応募したいと言ったのに放っておかれる。」といった、人材からの連絡への反応の悪さに対するクレイムが目につきます。
10年前20年前の、電話とFAX,郵便が連絡手段だった時代に比べ、インターネットの発達によって、転職を志向する人材が簡便に大量に安価に人材紹介業に連絡を取れる時代になり、また「ナビ型転職サイト」の発展によって更に「同時多数登録」が加速されている現在です。しかし、その副作用として、転職を希望する人材が一度に多数の人材会社に登録することになり、紹介会社にとっても多数の人材から連絡があるようになりました。紹介会社の一部に紹介手続きの進め方が雑になってしまっている面があることは否めません。
また、レスポンスが速い紹介会社だからと言って、中には必ずしも良質の適格紹介と言えず、「量を処理する雑な業務」の落とし穴に陥っているのではと、思わざるを得ないクレイム事例も発生しています。人材の希望にマッチした求人を保有していない場合でも、その旨きちんと連絡する人材会社を利用し、レスポンスの悪い人材紹介会社への登録はすぐに抹消することを、転職を考える人材の方にお勧めします。
そ 袖すり合うも他生の縁
柳生家家訓と聞きますが、「小才は、縁に出合って縁に気づかず。中才は、縁に気づいて縁を活かさず。大才は、袖すり合うた縁をも活かす。」だそうです。
パーティーで名刺交換した途端に、営業メールを何回も送って来られて辟易とすることもありますが、さりげない会話の中で興味をそそられる方とは、なんとか継続的に情報交換をしたいものです。
フェイスブックなどのSNSが発達した現在は、情報過多にならないようにしながら、人脈を維持することもできる便利な時代です。すぐに営業をかける人の顔には「人脈は金脈」としか書いてありませんが、「人脈は情(報)脈」と考えて多様な人脈作りをすることが大切ですし、「煩くない程度にコツコツと継続的に」マナー良く情報の受発信をするこまめさが必要な時代でもあると思います。Even a chance acquaintance is decreed by destiny.
つ 角を矯めて牛を殺す
曲がった角を直そうとして、かえって牛を殺してしまう。欠点だけを問題にして才能を無にしてしまうこと。戦後の日本の雇用は、少なくとも中規模以上の企業に於いて、無限定正社員(与えられたどんな職務でもこなす、命じられた場所にどこでも転勤する、言われただけ働き/言われなくても働き?時間外労働も厭わない)=メンバーシップ型(copyright by 濱口桂一郎氏?)を前提として成立し、ジョブローテーションと称して、本人の希望や志向、専門性を無視して様々な職務を螺旋状にこなしながら昇進していくキャリアパスモデルが、イメージ支配してきました。
職人肌・スペシャリスト志向の人材を処遇する場は極々一部に留まっており、場合によっては全く専門性のない「決済管理職(専門性は稟議書に判を押すことだけ)」を大量に生み出す結果となり、企業の再構築の際の本人の転身の際にも苦労することになった20世紀末頃の記憶を教訓として、これからは「ジョブ型社員の組合せ」による労務管理、角を矯めて牛を殺すことなく、出る釘を伸ばす人事政策がますます必要となるのではないでしょうか。
ね 猫の手も借りたい/寝耳に水
デフレと就職難を前提として「マニュアルがあれば最低賃金でも人は採用でき、店舗は運営できる。」という経営者による企業が、アルバイトも社員も集まらず店舗閉鎖の事態となっています。
労働集約産業が「働くこと」「ヒト」を大切に扱わないことが経営継続に支障をきたし、突然の会社更生法や民事再生法の適用申請をして、従業員の方々が寝耳に水と言う事態にならないことを祈ります。もっとも企業の中にいる方々のほうが「乗っている船の具合」は良く分かり、早々に転職活動を始めているケースもよくあるようで、社員の大量退職が経営継続不能の引き金を引くこともあるそうです。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)