労働あ・ら・かると
今月のテーマ(2013年12月 その2)使用者の適法な労働条件引下げの方法とは―就業規則の不利益変更の問題―
使用者が賃金、退職金その他の労働条件を従業員に有利な内容に引き上げることは容易です。しかし、使用者が従業員と合意した労働条件についての契約内容を従業員にとって不利な内容に引き下げることは、現在の労働関係法令の下では、なかなか困難であり、慎重な対応が必要です。現在の労働条件を従業員にとって不利な内容に引き下げるには、①各従業員の個別同意を得る方法、②就業規則の変更による方法、③労働協約の締結による方法、の3つの方法がありますが、今回は、②の就業規則の変更による方法について考えてみましょう。
■就業規則の不利益変更の問題点
就業規則の不利益変更の問題とは、会社が就業規則に、従業員にとって不利益な規定を新設したり、内容を不利益なものに変更した場合に、それに反対する従業員にも新設・変更の内容を適用できるか否かということです。
最高裁(秋北バス事件判決、昭和43年12月25日)は、その就業規則の新設・変更が合理的なものである場合に限って、次のように、個々の労働者の同意がなくても、適用できると判断しており、現在もそれが用いられています。
① 就業規則の規定の新設・変更によって、従業員のこれまでの権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。
② しかし、就業規則は、その事業場の全従業員の労働条件を統一して決めるためのものであるから、「その規定の新設・変更が合理的なものである場合に限って」個々の労働者の同意がなくても、新規定はこれらの労働者に適用される。
■労働契約法でいう「就業規則の不利益変更」ルール
労働契約法は、上記の最高裁判例を成文化し、その就業規則の変更が合理的なものである場合に限って、個々の労働者の合意がなくても、適用できると定めています(同法第9条、第10条)。そして、使用者が就業規則の変更により、労働条件を変更する場合において、次のすべての要件を満たすときは、労働契約の内容である労働条件は、その変更後の就業規則に定めるところによるものとされています(同法第10条本文)。
① 変更後の就業規則を労働者に周知させること。
② 就業規則の変更が次のすべての事情に照らして合理的であること。
ⅰ 労働者の受ける不利益の程度
ⅱ 労働条件の変更の必要性
ⅲ 変更後の就業規則の内容の相当性
ⅳ 労働組合、従業員との交渉の状況
ⅴ その他の就業規則の変更に係る事情
■最高裁判例の「就業規則の合理的変更か否か」の判断基準
「合理的変更」かどうかは、労働契約法の文言上明らかではありませんが、これまでの最高裁判例から共通に示されている「合理性」から探ると、次の4点が判断基準となっています。
① 変更の必要性:就業規則の変更が、事業の経営上やむを得ない場合など、その理由が客観的にみて十分な妥当性と合理性があること。
② 従業員の不利益変更減少の努力:例えば、賃金制度を変更する場合、経過措置を設け、痛手の緩和を図るなど、変更による従業員の不利益をできるだけ少なくするように対応すること。
③ 他の労働条件の改善:例えば、退職金の引下げの代わりに月々の基本給を引き上げるなど、他の労働条件を改善して、変更する主な事項の不利益を補うこと。
④ 労働組合、従業員との話合い:会社側が誠意をもって労働組合、従業員と話し合うこと。判例で合理性があると認めたケースは、両者が話合いを尽くしていることが多い。
■変更後の就業規則の労働者への周知は
使用者は、変更後の就業規則を、その規則が適用される全従業員(正社員、パート、契約社員、日雇等)に周知しておくことが必要です。
労働基準法で、使用者に対して、就業規則を書面の交付、常時各作業場の見やすい場所に掲示・備付け、磁気テープ・ディスクの使用のいずれかの方法により従業員に周知させることが義務づけられています(第106条)。
■就業規則の変更による労働条件変更の必要性は
就業規則の規定を新設または変更して従来の労働条件を変更する場合には、事業経営上ぜひとも必要で、社会一般からみても妥当・合理性のあることが必要です。判例でとくに重視されるのは、変更内容が定年の延長、労働時間短縮といった労働者の利益をめざす社内制度の改革のなかでの、関連する労働条件の調整としての不利益変更です。その必要性が企業側にとって高いだけでなく、多数労働者あるいは労働者全体の利益にも通じる場合です。
■変更後の就業規則の妥当性
就業規則の変更内容が、労働者にとっての不利益をできるだけ少なくなるように対応することが求められます。また、判例では他の労働条件を改善・向上させて主たる変更(労働条件の引下げ)を補うことがきわめて重視されています。
■労働組合、従業員との交渉の状況は
使用者は、労働組合、従業員と誠意をもって話合いをつくすことが必要です。判例が合理性があると認めた典型的な事例は、少数組合は変更に反対しているものの会社側が多数労働組合と話合いを尽くし、変更を受け入れさせたものです。
10月に、労働調査会から拙著『これで解決! 労働条件変更のススメ』が刊行されました。同書は、同社の「労務トラブル解決法!Q&Aシリーズ」の5冊目です。本稿は、同書のうちの「使用者の適法な労働条件引き下げの方法」の要点をとりまとめたものです。詳しくは、同書をご覧ください。
【労務コンサルタント 元長野・沖縄労働基準局長 布施直春】