労働あ・ら・かると
データヘルスと健康情報
「データヘルス」をご存知だろうか。ヘルスデータ(健康情報)のことではない。企業の人事担当者にとっては耳慣れない言葉かもしれないが、健保組合の中では、昨年来、急速に広まっていて、現在、知らない関係者はいないと思われる。
平成25年6月、現政権が閣議決定した「日本再興戦略」に「予防・健康管理の推進に関する新たな仕組みづくり」が掲げられた。これを受けて、平成26年3月、厚生労働省保険局の主導により「健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針」が改正され、すべての健保組合に対して保健事業の実施計画(=データヘルス計画)の作成・公表・事業実施・評価が義務づけられたのである。
データヘルスと呼ばれる理由は、メタボ健診(特定健康診査)の結果とレセプト(診療報酬明細書)の情報を突合させて、医療費の適正化を図ろうとしているからである。同じ疾患で過度に頻回又は重複して受診していると思われる加入者に指導すること等が行われる。これまで健康診断と医療費に関する健康情報は別々に取り扱ってきたが、いずれも規格統一を図り電子化することによって、情報を連結して活用しようというものである。これだけであれば、企業とは直接の関係のないものに思われそうである。
ところが、改正指針の「第五事業運営上の留意事項」に「加入者に対して保健事業への参加を勧奨してもらうこと等について、事業主等の協力が得られるよう努めること」、「労働安全衛生法に基づく健康診断の結果の提供を求めるとともに、四十歳未満の被保険者に係る健康診断の結果についても、本人の同意を前提として、提供してもらうよう事業主等に依頼するなど、労働安全衛生法に基づく事業との積極的な連携に努めること」と記されている。先進的に行われている事例は「事業主との協力・連携(コラボヘルス)」と呼ばれ、保険局による「データヘルス事例集」の中で、企業が保健事業の広報や費用で協力した好事例として示されている。後期高齢者支援金の負担が増大して財政が困窮している健保組合は、データヘルス計画の遂行に際して企業に支援を求めると思われる。
そもそも、健保組合の業務は医療費給付の事務処理が中心であって、疾病予防が専門の医療職を雇っているところは少ない。保健事業を外部専門家に依頼すると個人の健康情報の処理を外部委託することになる。ここで、健保組合が企業の保健師や産業医等と非常勤嘱託の契約を結んで保健事業を推進する場合であっても、「本人の同意を得ずにレセプトを閲覧させるべきではない」と私は考える。企業の人事担当者が健保組合で兼務している場合も当然同じことである。企業の立場を有する者が、社員の受療状況を把握していることになると、①社員にとっては、保険診療を受けると企業に把握されかねないという不安が生じ、②企業にとっては、健康診断に受療内容を加えた過大な安全配慮義務が期待され、③企業の医療職にとっては、社員と接する際の人間関係が変質し、④同じ健保組合に加入している他企業の社員にも一定の責任を負う可能性が生じる。
今後、企業がデータヘルスに協力する場合、レセプトを直接に取り扱うのではなく、健保組合が予め作成した名簿を使用して保健指導を担当するなどにとどめることがよいと考える。そして、社員を対象とした疾病予防の活動では、企業の健康管理として行うのか、健保組合の保健事業として行うのか、について明らかにしながら行うことが望ましいと考える。
【産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健管理学研究室 堀江正知】