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ノーベル賞受賞と特許の発明者帰属、研究環境を考える
岸 健二 一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長
先ほど、赤崎勇氏、中村修二氏、天野浩氏の3人が青色LEDの開発でノーベル物理学賞を受賞したとの報道を聞き、この記事を書いています。
私自身は今回のノーベル物理学賞受賞について、「日本人が」というところに力点をおいて喜ぶよりは、「苦労されたであろう研究者の方、一生懸命コツコツ努力された人材が、世界から評価された。」というところに嬉しさを感じるものの、1970年にアメリカ国籍を取得(帰化)した理論物理学者の南部陽一郎さんが2008年にノーベル物理学賞を受賞した際、「日本人」「日系アメリカ人」といった表記が入り乱れたことも思い出しました。
今回受賞の中村修二さんも、「研究継続のため」アメリカ市民権を得たと報じられています。勝手な推測かも知れませんが、南部陽一郎さんも、中村修二さんも、「何国人か」という動機よりも、「自分の研究の環境として、どの大学が最適か、どの国がより良いか。」ということで、所属する大学や研究機関、国家を選択したように見えますし、国籍がどこであるという感覚よりも、「自分が自分の目的を完遂するための環境として国家を選んだ。」という風に思えます。
もちろん「人材と職場(環境)」の相性の組合せは、十人十色千差万別です。現に赤崎勇氏、と天野浩氏は、日本の名古屋大学と名城大学というフィールドで研究を続けられてきています。
日本政府は、受賞者にお祝いの電話をしたりしていますが、一方で昨年「知的財産政策に関する基本方針」を閣議決定し、「現在発明者帰属となっている職務発明制度について抜本的な見直しを図り、例えば、法人帰属又は使用者と従業者との契約に委ねるなど、産業競争力強化に資する措置を講ずることとする。」と宣言して、企業に勤務する社員が発明した「職務発明」について、特許権の帰属を社員側から企業に移すことを検討する方針を盛り込んだことを忘れてはなりません。
人材紹介業界という転職あっせんの場に身を長く置いてきて、つくづく思うことのひとつは「人材というものは、環境によってその能力発揮が大きく変化する。」ということです。
ここで言う「環境」は、多くの場合「職場環境」なのですが、日本企業で働く場合、考えてみたらその外側には「日本社会」があり、「くらし」や「日本国家」があるわけです。
人材は、自分に適した職場環境に身を置くことが出来れば、どんどん仕事に熟練していきますし、成長していくということ、逆に環境と合わなければ(雇用者労働者どちらか一方だけの責任に帰すことはできませんが)みるみる腐っていくものです。
人材からすれば、経営者の判断ミスにより自分の勤務先が国際競争に敗れて失業してはかなわないわけですし、また企業側の立場からすれば、若い頃「優秀」と思って採用した人材が、努力を怠って憂愁人材に変じてしまう事例もあり、企業と人材がお互い蜜月である期間は意外に短く、企業も変化を強いられ人材もその能力の成長と加齢衰退の変化の中で、「働く環境としての職場、暮らす環境としての社会国家」と「人間として知見を集積し、能力を発揮する人材」との最適な組み合わせを維持するのは、結構大変なことだと、「人材紹介」の立場から見て思うのです。
中村修二さんが、企業内研究者の成果の帰属を巡って元の勤務先と訴訟になり(最終的には和解となり、和解金は税金と弁護士費用、住宅ローンで大半が消え、残りはアフリカの貧しい人に太陽電池を贈る団体に寄付したと報道されています。)、その裁判をきっかけに開発者が企業を訴えるケースが増加して、光ディスクの技術をめぐる訴訟で開発者に製造業が1億6,000万円を支払ったり、人工甘味料をめぐる訴訟の和解で化学調味料メーカーが1億5,000万円を開発者に支払うなど、開発した人材の権利が見直されたとされています。これにより、発明評価についての日本と他国の差を浮き彫りにしたことも記憶に新しいところですし、既に今日の報道でも、その点に触れた取材記事がたくさん報じられています。
救われるのは、その報道の中に、中村さんの最初の勤務先で上記訴訟相手でもある企業の創業者に対する発言として「(青色LEDの開発もアメリカ留学も支援してくれて)一番感謝をしている」という言及があったこと、その勤務先も「日本人がノーベル賞を受賞し、受賞理由が中村氏を含む多くの当社社員と企業努力によって実現した青色LEDであることは誇らしい」とコメントしていることです。
日本という国が、優れた人材にとってどのような環境なのか、「優れた人材」と言ってもこれまたひとそれぞれ千差万別ですが、前述の「知的財産政策に関する基本方針」が、日本を企業優先人材軽視の社会構造に導かないかどうかを慎重に検討し、決して「頭脳流出を許すな!」と偏狭に叫ぶのではなく、優れた人材が優れた結果を出す環境としての視点で、企業・社会・国家を検証し、経団連の「職務発明の法人帰属化に向けた声明」が、研究者を雇用する企業と職務発明に邁進する技術者の双方にとって良い方向に展開していくよう、注目していく必要があると思います。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)