インフォメーション

労働あ・ら・かると

人事異動(広義)の種類・論点・法的ルールの根拠・トラブル防止のポイントについて

企業の人事・労務担当社員、労務コンサルタント 布施直春

 筆者は、平成27年2月初めに労働調査会から、「トラブルを未然に防ぐ!人事異動の進め方~よくわかる配転・出向・転籍・海外出張のポイント」を刊行しました。
 筆者の「労務トラブル解決法!Q&Aシリーズ」の第8冊目になります。
 これまで、人事異動について書かれた図書はあまり多くはありません。そこで、同図書のPRを兼ねて、人事異動について数点紹介いたします。

1 人事異動(広義)とは
 人事異動(広義、以下同じ)とは、従業員が企業(使用者)の命令によって、これまで従事してきた職種、職務(担当業務と権限)、地位(ポスト)、勤務場所(所属事業所)、企業等とは異なる職種、職務、地位、勤務場所、企業等に、相当長期間にわたって従事し、勤務することをいいます。

2 人事異動の内容別種類は
 人事異動の内容別種類は、次のとおりです。人事異動は、企業内の人事異動(転勤、配置換え、その他)と企業間の人事異動(出向、転籍)に二分されます。
 さらに、企業内人事異動には、横の異動(転勤、配置換え:次のAの①、②)と縦の異動(昇進・昇格、降格・降職:次のAの③)とがあります。

人事異動(広義)の種類

A 企業内人事異動(配置転換)
① 転勤(勤務地変更)
  転勤(勤務地変更)とは、継続的に従業員の勤務場所を変更することをいいます。住所の変更を伴うもの(例:東京本店⇒
 福岡支店)から、生活にほとんど影響のないもの(例:池袋支店⇒新宿支店)まであります。
② 配置換え
  配置換えとは、同一勤務地(事業所)内の勤務箇所の変更をいいます。
③ 昇進・昇格、降格・降職
  昇進とは、企業内での従業員の位置づけについて下位の職階から上位の職階への人事異動を行うことです。例えば、課長が
 部長になることが該当します。
  降格・降職とは、上位の職階・等級から下位の職階・等級への異動のことです。
④ 職種の変更
  例えば、総合職から一般職に、また事務職から研究職に変更することです。
⑤ 派遣
  ここでいう派遣は、社外派遣(デパートへの派遣店員)または社内の他事業所への派遣のことをいいます。これらは、他社
 の事業所、または自社の他事業所等に従業員の勤務場所を長期的に変更して勤務させるものです。
  ここでいう派遣には、派遣法の許可または届出をして行わせる労働者派遣(人材派遣)は含みません。
⑥ 長期出張・応援
  長期出張とは、一時的に従業員の勤務場所を変更して、その場所で自己の通常の業務を行わせるものです。応援とは、一時
 的に勤務場所を変更して、その場所で自己の業務以外の業務を行わせるものです。
  長期出張・応援の場合は、従業員の所属事業所は従来と同じです。
⑦ 休職
  休職とは、その従業員について、ⓐ就業させることができない、または不適当な場合に、ⓑ雇用関係は続けながら(従業員
 の身分のまま)、ⓒ就業を免除し、または禁止することです。

B 企業間人事異動
① 出向(在籍出向)
  出向(在籍出向)とは、自社の従業員として雇用を継続したままで、他社に雇用され、他社の事業所で、他社の業務に従事
 させることをいいます。
② 転籍(移籍出向)
  転籍(移籍出向)とは、自社を退職し、他社に雇用され、他社の事業所で、他社の上司の指揮命令に従い、他社の業務に従
 事させるものです。
  出向と転籍は、いずれも自社から他社への企業間の人事異動です。出向は、自社の従業員のまま(自社と従業員は雇用関係
 を継続したまま)他社と新たに雇用関係を結びますが、転籍は、自社を退職する点が出向とは異なります。

C 海外への転勤、出向、派遣、出張等
  これらは、企業活動の国際化に伴う海外事業所での業務処理のために行うものです。

3 人事異動をめぐる論点は
 日本企業の多くは、正社員については、長期雇用システム(終身雇用慣行)をとって雇用保証を行っています。このため、企業に対して、必要な場所、業務に使用者の命令で従業員を異動できるように、柔軟で広範囲の裁量権(人事権)を与えなければ、企業は必要な事業所に従業員を配置して事業活動を行うことができなくなります。他方、従業員のほうは、人事異動に伴い、①勤務場所・通勤経路の変化、②職種・業務内容の変化、③上司・同僚といった人間関係の変化、④職場環境の変化、⑤転居、⑥配偶者の勤務、⑦子供の転校、⑧場合によっては単身赴任等の多くの不利益が生じます。
 人事異動をめぐる労働法(主に判例)の論点は、経営者側の事業活動に必要な労働力(従業員)の異動・配置についての裁量権の確保と、従業員側の人事異動に伴ってこうむる不利益とを、どのような割合で、どのような手続きで、どのように調整するかという問題です。

4 人事異動に関する法的ルールの根拠は
 使用者が従業員に対して行う人事異動命令が適法・違法、有効・無効のいずれであるかなどを判断する基準を決めているものは、そのほとんどが判例(裁判例)です。制定法(国会の議決により成立した成文法)としては、わずかに次の規定等があるのみです。
 ①権利濫用の出向は無効とする(労働契約法第14条)
 ②事業主は、労働者の配置、昇進、降格、および職種の変更について、労働者の性別により差別してはならない(男女雇用機
  会均等法第6条)
 ③労働者を転勤させる場合の育児・家族介護についての配慮(育児・介護休業法第26条)
  このため、使用者と従業員の双方にとって、人事異動の法的ルールはわかりにくく、これらについての正確な理解と人事異
  動に伴う労使間のトラブルの処理が難しいものとなっています。

5 人事異動をめぐる労使トラブルを防止するポイントは
 人事異動の対象となる全従業員に対して、実情把握を行うことがポイントです。この実情把握をきちんと行い、各従業員の生活実態と異動希望の有無・希望内容についての本音がつかめていれば、人事異動に伴う配転拒否、退職等のトラブルの多くは防ぐことができます。

 何はともあれ、労使間のトラブルを未然に防ぐために、本書をご一読いただければ幸いです。