労働あ・ら・かると
職業紹介業界に必要な従事者全員教育
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
筆者の勤務先が、厚生労働省の確認を得て「職業紹介責任者講習」を開催実施するようになって8年余り経ちます。
筆者もその講座の内の3時間余りの講師を担当し、昨年度までで延べ108回、1万3,500余名の受講生の方々に対してお話をしてきました。
職業紹介事業のオフィスを開設するにあたっては、資産、構造立地、個人情報保護体制をはじめとした様々な要件が必要なのですが、その中のひとつに、この「職業紹介責任者講習」を過去5年以内に受講した方を「職業紹介責任者」として選任していること、というものがあります。
職業紹介責任者選任の基準は、その紹介事業所で職業紹介に従事する者50人につき1人、ということになっており、成年到達後3年以上の職業経験や、欠格事由としてその方が過去禁錮以上の刑に処せられ、又は刑法違反・労働法令違反・入管法違反等により罰金刑に処せられ、その刑の執行終了から5年未経過であったり、職業紹介事業の許可を取り消され、その取消から5年未経過の者、成年被後見人、被保佐人、破産者に該当し、復権を得ない者といったことが設けられています。
この「職業紹介責任者」に選任された職務は、職業安定法第32条の14に定められていますが、 その仕事の多くは、苦情処理、求人求職関連個人情報等、求人求職受理、助言指導、その他業務運営・改善などの職業紹介業務それぞれと、職業安定機関との「統括管理」であって、法定帳簿の作成・管理以外は「個別管理」することにはなっていないように読めます。
ちなみに、隣接人材ビジネス業界である「労働者派遣事業」においては、「派遣元責任者講習」を受講した者を、「派遣元責任者」として稼働派遣労働者100人以下で1人選任、これを超えて100人ごとに1人ずつ選任すると定められており、所定の講習を受けた方がこの派遣元責任者として、派遣スタッフに対して派遣労働者であることや就業条件の明示や助言指導、苦情処理、教育訓練の実施やキャリアコンサルティング、派遣先への通知や連絡調整、安全衛生事項の調整。派遣元管理台帳の作成保存、個人情報管理などを行うことになっています。
100人の派遣労働者について個々の適正な労務管理を派遣元責任者自らが責任を持って担当することが要請されている訳で、100人程度の従業員という中小規模の企業の労務管理担当者のイメージで考えてみれば「眼の届く」派遣労働管理の規模としては、それなりに納得できる水準に見えます。
翻って前述の職業紹介業界での、紹介業務従事者(求職者と会って相談を受け、求職受付手続きをする方、求人者と会って求人票の交付を受けて求人受付を行い、その内容に法違反はないか点検する方、求人求職それぞれの要望をすり合わせていわゆる「マッチング」の端緒部分を担当する方、その他)については、職業安定法その他で何らかの研修を受けなければならない、法的知識を得なければならないという条項は見当たりません。
職業紹介に従事する人の数50人に1人選任された「職業紹介責任者」は、おそらくは残りの49人に対して、自分が受けた「職業紹介責任者講習」の内容を周知徹底することを期待されているのでしょうが、そのことが明文化されていないのです。実際に職業紹介に従事するコンサルタントに対する教育は必ずしも明確に義務付けられたものがある訳ではなく、職業紹介責任者任せになってしまっています。
職業安定法をはじめとする労働法の基礎知識が無いかもしれない人材紹介担当者が職業紹介を行う場面すべてに、職業紹介責任者1人が関与管理できているのかというと、心寒い思いがします。
学校を出て、何の労働法の知識もなく、何の社会経験もしたことのない新入社員が職業紹介業務に従事した場合、個人のプライバシーに立ち入ってしまうこともあり、漏洩したら大損害につながりかねない企業秘密を扱うことがあり、少なくともその業務の遂行に当たって「やってはいけないこと」「やらなければならないこと」を知らずに「職業紹介」という重要な(ミスを犯すと取り返しのつかないことになりかねない)仕事に従事させてしまうことのあり得るという現状は、このままで良いとは、とても思えないのです。
職業紹介、とりわけ人材(求職者)との相談や求職受付の実務の場面は、人材のプライバシー保護の観点からも「一対一(=当事者と担当者2人きり)」で行われることが多くあります。厚生労働省の定める「職業紹介事業の業務運営要領」の許可基準には、職業紹介を行う事業所について「求人者、求職者の個人的秘密を保持し得る構造であること。」と掲載されており、この部屋の中で行われる求人の受付において、無知にしろ、故意にしろ、過失にしろ、法違反の求人がなされた時に、現行の「職業紹介責任者」がそれを直ちに把握して阻止できる仕組みになっているとはとても思えません。
筆者の仕事のひとつである「求職者からの紹介事業従事者への苦情相談」においても、特に業界団体に加盟しておらず、様々な情報に疎い職業紹介会社に対して「そんなことも知らずに職業紹介を行っているのか」と怒りを隠せない場面にめぐり合うこともあります。
業界団体非加盟の紹介業の起こす紛争については、所轄労働局に通報するように申告者に助言するわけですが、そのような事態になる前に予防策は講じられないものかと思う次第です。
すべての職業紹介従事者に対しての、一律の教育研修の義務化の必要性を感じます。
リーマンショック後の「年越し派遣村」に象徴されるような、労働者派遣業界で起きた事象の中では、「訴えられた派遣事業従事者が、労働法の基礎に無知だった。(やってはいけないことを知らなかった)」と報道されたことは、まだ記憶に新しいことです。そういった教訓を得て、前述の派遣元責任者制度が改善されたのだとしたら、職業紹介業界はこれを他山の石とすべきと切に思います。
規制改革の動きの中で、職業安定法の民間職業紹介の規制につき種々緩和すべきとの意見があると聞きます。「職業紹介責任者の設置基準」についても「事業所単位でなく、企業単位で設置すれば十分」という考え方もあるようです。果たしてそれで「適切な職業紹介」が担保されるでしょうか?全国に何か所もある支店支社で行われる職業紹介について、「本社に一人」しかいない担当者」が充分に目を光らせることは可能とはとても思えません。仮に「50人に1人」を「100人に1人」と緩和しても、あるいは「10人に1人」と厳しくしても、その実効性は変わらないと考えます。
今必要なのは、職業紹介に従事する人に対して、くまなく基本的な事項の研修を実施し、せめて氏名の入ったその受講証を提示して求人を受け付ける、求職を受け付ける、というシステムにして、現行の職業紹介責任者は、その「総括管理者」として帳簿類の作成と職業紹介業務の後方管理に責任を持つという体制に変革することではないでしょうか。
現在、労働者派遣法大改正に続き、職業安定法、雇用対策法を中心とした視点での「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会」が進められており、今年の夏を目途に一定の報告をするよう、そうそうたる学者の方々による議論や各界へのヒアリングが進んでいると聞きます。政府内閣府に設置された「規制改革会議」でも「雇用ワーキンググループ」にて様々な意見集約が行われているようです。
「何しろ規制緩和」ではなく、「人材は最適な職場を安全に探せ、企業は最適な人材を獲得でき、産業界全体の活性化と効率化に役立つ」「円滑な労働移動実現」の目的を忘れることなく「在るべき規制」への改革が進むことを願ってやみません。
以上
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)