労働あ・ら・かると
規制緩和と労働分配率の低下連続を憂う
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
過日発表された内閣府による形成28年3月の「月例経済報告」によれば、「雇用情勢は改善している。」「先行きについては、改善していくことが期待される。」と記され、この表現は昨年12月に、前月11月の「雇用情勢は、改善傾向にある。/先行きについては、改善傾向が続くことが期待される。」という表記から変更されて以来、4か月続いています。
ちなみに、この「改善傾向にある。」表記は、平成27年1月の「雇用情勢は、有効求人倍率の上昇には一服感がみられるものの、改善傾向にある。」から「一服感がみられる」が2月に削られて以来、月例経済報告では10か月間連続していたものです。
「雇用情勢は、有効求人倍率の上昇には一服感がみられるものの、改善傾向にある」→「雇用情勢は、改善傾向にある。」→「雇用情勢は改善している。」と、徐々にではありますが表記が好転していることは歓迎すべきことですが、一方でこの月例経済報告に関する関係閣僚会議に提出された資料を見ると、この間の「労働分配率」の推移について、2012年から4年間の「低下傾向」を示すグラフが掲載されています。
ここ数年続く「官製春闘」とも揶揄される状態の中で、「ベ・ア」「満額回答」という文字が久しぶりに新聞紙面等でも見かけられるようになって、少なくとも一部の大企業では賃金は上昇し始めたはずなのに、この「労働分配率低下傾向」をどう考えればいいのでしょうか。
一旦2010年3月に廃止され、2013年1月に復活設置された規制改革会議は、元来1995年以降、「規制緩和委員会」「規制改革委員会」「総合規制改革会議」「規制改革・民間開放推進会議」等、名称は変わりましたが、「正規社員の解雇規制緩和」「最低賃金額の引き上げ見送り」「労働者保護の緩和」といった答申・提言を行い、規制緩和を推進してきました。労働面だけでなく2000年には貸切バス事業が規制緩和されています。
本来、乗客の安全性担保の観点から需給調整規制が行われてきたこの貸切バス事業について、従来の需給調整規制を前提とした免許制を廃止して輸送の安全性要件を審査する体制とし、自由競争によって相違工夫を促し運賃設定も多様化(低価格化)できるようにしたのです。
この結果どのようなことが起きたのか。新規参入の増加によって引き起こされた過当競争によって運賃下落が止まらず、一見利用者にとっては嬉しく感じられた局面の背後には、貸切バス事業者の経営状態の悪化による強烈な「コストカット」の横行があります。そして事業の公共性、何より大事な安全性を忘れた(忘れざるを得ない?)「モノ=整備点検費用の節約」「ヒト=運転手賃金の低下、健康診断・休憩時間等安全運転確保のためのコスト削減~過酷な労働条件下での運転従事」という大切な経営要素の価値を無視した行為に、事業者が陥っていったのではないでしょうか。
このことは貸切バス事業に限ったことではありません。最近よく報道で目にする、高速道路での貨物トラックの居眠り運転での事故も、同様の背景で起きていると見てよいでしょう。
もちろん「規制緩和」だけが諸悪の根源というつもりはありません。IT、Webの進化によって、至極簡単にモノやサービスの価格が比較され、利用者はその表示価格の背景などを考えもせずに「安いことはいいことだ。」と走ってしまっている現実もあります。
東京から大阪に行くのに、新幹線だと2時間30分で1万3,620円、深夜バスは時間はかかるが眠って行けて最安値は3,500円と、1万円以上の差があります。安さに飛びつく前にその価格のカラクリを、事故発生率や所要時間の価値も含めて冷静に判断する利用者でもあってほしいと思います。
翻って冒頭述べた「労働分配率の低下」について、経営者の方々からは「国際競争に勝てない」という理由が述べられることも、よく聞きます。でも安い人件費を求めて中国に進出した日系企業が、最近の人件費上昇だけでなく、いわゆる「チャイナリスクとリスク分散」のためにインドシナ半島諸国への工場移転を検討したところ、撤退コストの高さに悲鳴を上げているとの報道も目にします。
視野の狭いコストカットは、材料費の低減による品質低下や消費者不安を招くこと、安全衛生費用の削減による製品事故を招くことは歴史が証明しています。もちろん人件費を単なるコストとして見ての削減だけが、労働分配率の低下につながっているとは思いたくありませんが、その低下相当分は一体どこに回っているのでしょうか。そうしたことを見通せる消費者によって、不幸な労働環境悪化を防止することにつなげることができるのではないかと願うばかりです。
「人件費は単なるコストではなく投資でもある。」とは、ある著名な経営者がよく口にした言葉です。「やりがいのある労働環境を整えること。」「利用者の安全・信頼を得るための、社員への投資」にもう少し人件費を分配して、目先の競争にばかり気を取られずに「よい社会づくりに貢献できる会社づくり」を志す経営者の方々が増えることを切望します。
以上
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)