労働あ・ら・かると
専門業務補助職種の雇用拡大と専門職種の技能向上をはかるということ
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
このところ、続けて厚生労働省医政局が実施する「医療従事者の需給に関する検討会」を傍聴しています。この会合は分科会として「医師需給分科会」「看護職員需給分科会」が設置されていて、更に「理学療法士・作業療法士需給分科会」も設置されました。つくづく「チーム医療の時代の到来だな。」と思わされる陣容です。
高齢化社会が進む中、確実に医療需要は増加する一方、その先には(既に始まっている)人口減少社会が顕在化することは目に見えているわけです。目前の高齢者増加現象に対処し得る、また過疎化や限界集落(いやな響きです)といった人口の偏在に対応し得る、わが国の医療体制とそれを支える医師職をはじめとした各種医療「人材」の産み出し方は喫緊の課題であることは言うまでもありません。しかし、人口問題と同じように、あるべき医療体制を維持する医師という高度な専門職を生み育てることは、当然一朝一夕にできるものではありません。
医学部は他の学部と違い6年制であることは多くの方はご存知だと思います。そして卒業後医師国家試験に合格しても、まだ一人前の医師とは言えず、卒業後2年間以上の臨床研修が義務付けられており、研修を積まなければ診療に従事することができません。つまり、今医学部の定員枠を増やしたとしても、その効果(の入り口)が現れ始めるのは8年後ということになります。また当初の会合を傍聴していると、会合構成員の皆さんからは「研修医が終わって十年は経験をつまないと『一人前の医者』とは言えない。」という発言がそこここから聞こえます。8+10=18年後まで高齢者は待っていられません。
またもう一つびっくりしたのは、厚生労働省の試算資料の中に現状の医師の過重労働状態を改善する視点が余り見当たらないことです。少し古いデータですが、日本の医師の週平均労働時間は、約70.6時間(アメリカの医師は平均約51時間、EUは、平均約40~50時間)といわれる現状を(単に人数を増やすだけでは解決しないでしょうが)労働基準法で規制されている週40時間にするためには単純に7割以上の人員増が必要ですし、前述のように増員しようとしても十年以上かかる現実を直視すると、単に医学部定員を増加しても実効が見えてこないことは明らかです。
答のひとつとして考えうるのは、「医師でなくても出来る仕事を、医師以外の補助職が負担することで医師の労働時間を短縮できないか。」ということと「ICT(情報通信技術)を活用して『医師が居なければならない場面』を合理化できないか」という点です。
すでに看護師のみでは従来診療することのできなかった、経口用気管チューブ又は経鼻用気管チューブの位置の調整や、一時的ペースメーカの操作及び管理、一時的ペースメーカリードの抜去などは、研修を受けたベテラン看護師が、予め患者を特定した上で医師により作成された手順書により、その患者の病状の範囲内で診療補助行為ができるような「特定行為に係る看護師の研修制度」が始まっており、これから増加するであろう在宅医療での医師不足の解消の一助になることが」期待されています。
せっかく長い期間と費用をかけた研修を受け、身に着けた医療という専門性ですから、所定の労働時間内で出来る限り、医師を必要としている患者と向き合う時間を増やして欲しいものです。
そのために周辺の専門職種である看護師の方々が、一定の研修を受け、かつ医師の定めた手順書に拠って、そして必要な場合には遠隔地の医師と電話だけでなく患者さんの状態についてもコンピューター技術を駆使して医師に伝えて、診断を仰いで診療することが出来るようになれば、「医師不足・偏在」を解消する有効な方策の一つに思えます。
視野を広げて発想を展開すれば、労働時間が長いと言われ、「もっと生徒たちと接する教育現場の時間が欲しい。」という声の聞かれる教員職種にも、この発想を適用できないものでしょうか。団塊の世代の筆者から見ればうらやましいほど、1教員当たりの生徒数は少ないように見える現状ですが、一方で用務員(現在では校務員、学校主事、技能員、管理作業員と呼ばれる事例もあるらしい。)や学校事務室の職員数は、大学に行くとそうでもないのですが、小学校、中学校、高等学校では、昔に比べて減っていて、その分の業務が教員の方たちにしわ寄せされているのではないかという印象があります。こんな場合も地域のボランティアの方や企業OBの方のシルバー雇用なども含め、教職周辺業務を支える複数の人材体制を築ければ、先生たちはもっと「生徒たちと向き合う時間」が確保できるでしょうし、とかく「個人技」の素晴らしさに目が向きがちな技能工のような職務でも、その技能を発揮する周辺環境整備に「補助職」を配置する発想をもう少し広げることが出来れば、専門技能の発揮の場が増え、質も向上し、時間をかけることが出来るようになるだけではなく、高齢者等の職務開拓につながるのではないかと思う次第です。
いわゆる「ワークシェアリング」は、どうしても同レベル同質の人材が一定の職務を分かち合う発想になりがちです。「専門家がその専門職能を思う存分発揮できる環境つくり」のための「周辺整備職務、専門業務補佐業務」というチーム編成の発想であれば、専門家への業務集中も回避できるし、そう養成に時間を要しない人材の雇用拡大にもつながるのではないかと思います。
以上
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)