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労働あ・ら・かると

多文化共生社会と外国人労働者の司法アクセス

東京パブリック法律事務所 外国人・国際部門
弁護士 板倉由実

 

 最近、日本でも「多文化共生社会の実現」というスローガンをよく耳にするようになりました。多文化共生社会とは、「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」(総務省2006年3月多文化共生の推進に関する研究会報告書5ページ)を指します。道を歩いていても、数年前に比べると、外国人の数が格段に増えていることを実感しますし(多くは観光目的かと思います)、私が勤務している公設法律事務所の外国籍・国際部門にも毎日、多くの外国人の方が法律相談に訪れ、相談件数は増加の一途を辿っています(海外からスカイプでの相談もあります)。

 しかし、日本は海に囲まれた島国で民族の異動も容易でないこと、政策上、単純労働者・移民労働者は受け入れないという建前を取っていることから、単一民族社会などと言われ、欧米に比べると、多様な文化的・言語的背景を前提とした「法的権利救済制度」が不十分なように思います。

 日本は、建前上は、単純労働・移民労働は受け入れないという移民政策を取っていますが、実際には、高度専門職に就くホワイトカラーの外国人のみならず、主に南米の日系人や技能実習生、外国人看護師・介護福祉士候補者としてすでに多くの外国人を単純労働者として受け入れています。さらに安倍政権の「女性の活躍支援」の一環として「国家戦略特区」での外国人家事労働者(家事支援人材)の受け入れが可能となり、実際、今春から神奈川県と大阪府で外国人家事代行サービスが始まりました。さらに、東京都も特区制度を利用して外国人家事労働者を受け入れる方針を決めました。

 少子高齢化が進み必要な労働力を自国民で賄えない以上、外国人労働者の受け入れは必須ですし、経済・社会の国際化やボーダーレスな文化交流が進む中、多様な人材の受け入れは、豊かな社会にとってもメリットだと言えます。しかし、外国人の労働力を「利用」することばかり考えていては、多文化共生社会は実現できません。人種や性別、宗教を理由に差別されたり、労働法で保障されている権利が侵害されたり、強制労働や性的搾取などの人身売買の被害に遭っている場合、日本語のわからない外国人は、どのように救済を求めればよいのでしょうか。

 実際、私も外国人の方々から多くの労働相談を受けるのですが、「日本語で記載された労働契約書が理解できない」、「日本の労働法がわからず、固定残業代が基本給に含まれると言われたので、残業代を払ってもらえないと思っていた」、「セクハラをされて抗議したら解雇された挙句“ビザがなくなるから違法滞在となる、国に帰るしかない”と言われた」などの相談は後を絶ちません。

 英語をはじめ母国語で相談でき、入管実務に詳しい市民派の弁護士も数が少なく、裁判所が発行する裁判手続きのパンフレットも日本語のみで記載され、外国語での対応が可能な労働組合も少ないのが現状です。また外国人の場合、裁判等の法的救済を求めようとしても、在留期間が過ぎてしまったり、仮に、裁判期間中の在留資格が付与されても、短期滞在など、就労ができない在留資格しか付与されないため、生活費が賄えないという問題があります。

 欧米などの難民や移民労働者を受け入れている多民族社会においては、難民・移民と自国民との利害の衝突、文化的・宗教的摩擦、差別の問題、極端な排外主義運動が社会問題化する一方、多様な言語に対応できる法律家団体や労働組織があり、一定の要件を満たせば裁判期間中の就労ビザが発行されるなど、情報アクセスや司法アクセスを容易にする制度が整備されています。

 日本人でさえ、弁護士の敷居は高いという意識があります。文化的・言語的バックグラウンドが異なる様々な人たちが利用しやすい法的救済制度の整備し、司法・情報アクセスを容易にすることは、多文化共生社会の実現に必須だと言えるでしょう。