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外国の裁判例を学ぶことで見えるもの ~平等法理の場合~

東京パブリック法律事務所 
                                     弁護士 弘中 章

 私は日本の弁護士で、取扱案件はほぼ全てが日本国内の事件である。そんな私でも、外国の法制度や裁判例を勉強して得るものは多い。今回のコラムでは、最近読む機会のあったアメリカ合衆国の判決を紹介したい。

 とりあげるのは、2015年6月1日の連邦最高裁の判決である。カジュアル衣料の製造販売会社である「アバクロンビー&フィッチ」の店員募集に応募したイスラム教徒の女性が、ヘッドスカーフの着用を理由に不採用となったのは差別だとして訴え、裁判となった。女性は、2008年、「ヒジャブ」と呼ばれるヘッドスカーフを着用して採用面接に訪れたが、スカーフの着用が従業員のキャップ着用を禁止する同社の「服装規定」(the Look Policy)に違反するとして、採用されなかった。裁判では、スカーフの着用を理由に採用しなかったことが宗教を理由とした違法な採用差別にあたるかが争われた。連邦最高裁は、1964年に制定された「公民権法第7編」(Title Ⅶ of the Civil Rights Act of 1964、いわゆる「タイトルセブン」)に違反し、違法な差別であることを認めた。

 タイトルセブンは、採用から解雇まで雇用の全局面に関して、「人種、皮膚の色、宗教、性、または出身国」に基づく使用者の差別を禁止している。このうち、宗教による雇用差別については、労働者の宗教上の戒律・慣行が使用者の方針・基準と衝突する場合どのように対処すべきかが問題となり、その後の改正によって、使用者が、労働者の宗教上の戒律・慣行に対し、「過大な困難」(undue hardship)とならない範囲で「合理的な配慮」(reasonable accommodation)をしないことが、違法な宗教差別にあたることとなった。

 本件でも、「キャップ禁止」という会社の方針が、ヘッドスカーフを着用しなければならないという求職者の宗教上の戒律・慣行と衝突している。この問題について、連邦最高裁は、会社の方針が宗教に中立的なものであったとしても、求職者の宗教上の慣行に対する配慮を優先させなければならないとし、会社の服装規定に違反するという理由で不採用としたことがタイトルセブンの禁止する宗教差別にあたると判断したのである。 

 このアメリカの判決を聞けば、日本の著名な労働判例を想起せずにはいられない。1973年の三菱樹脂事件最高裁判決である。政治的信条に関わる身上書の虚偽記載を理由に、試用期間中の労働者を本採用することを拒否した事案であるが、最高裁は、判決の中で「企業が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない」と述べた。今日まで日本の最高裁は「採用の自由」を重視する立場をとり、いかなる人をどのような基準で採用するかは使用者の裁量に委ねられると考えている。

 もっとも、三菱樹脂事件の後には、男女雇用機会均等法の制定・改正により性別による採用差別が禁止され(同法5条)、障害者雇用促進法によって障害者の採用にあたって障害の特性に応じた合理的な配慮が事業主に義務づけられた(同法36条の2)。また雇用対策法は、採用における年齢差別を禁止した(同法10条)。その意味では、日本にも、採用差別を含む雇用差別を禁止する考え方が発展してきた歴史がある。

 しかし、いまだ日本では、宗教的・政治的信条による採用差別はおろか、人種による採用差別を禁止する法律さえ存在しない。また、婚姻上の地位やLGBT等の性的指向など新たな差別理由への法的対応も進んでいない。それゆえ、アバクロンビーのケースと同じ問題が日本で起きたときに求職者を救済できるかは心もとない。連邦最高裁の判決は、日本の平等法理に発展の余地が残されていることを教えてくれる。

 もちろん、各国にはそれぞれの歴史があり、雇用慣行、法的思考や制度に違いが生じるのは当然であり、このような差異を無視して外国の考え方や制度を日本に直輸入すればよいという話ではない。しかし、少なくとも平等法理に関していえば、日本社会がますます「多様性」という価値にコミットしようとしている現在、多様な価値を体現してきた別の社会に学ぶところはあると思うのである。
                                                       以上