労働あ・ら・かると
“人への投資”は対象を明確にし、継続的実施が重要
MMC総研代表 小柳勝二郎
わが国は現在、働き方改革や人材立国の実現を目指しています。
最近の政治・社会、企業等で“人への投資”とか“人材投資”を重視する等の言葉がいろんな場で使われています。人、つまり人間ですが、以前ある政党では「物から人への投資」といった時代もありました。
政治の世界ですから当時は「箱モノ」を作るのではなく「人間への投資」をすべきだということを言いたかったのではないかと思っていました。
最近、またこの種の言葉が使われています。この言葉は響きが良いので正面切って反対しにくいし、そのように言われれば大事だと思う人は多いかと思います。
しかし、よく考えてみますと、何を対象にいっているのか具体的でなく、各人で思っている内容が異なっているように思います。学校教育から雇用・医療や福祉・年金等の諸制度まで人に関わる全てを念頭に置いている人もいます。
もし、そのようなことを対象にしていると、範囲が広すぎて、莫大なコストが必要になります。また考える対象を幼児から大学院までの能力開発や人材育成として捉える人もいます。投資という言葉は、通常、将来の利益や目的を実現するためにお金を投入していくことを意味していると思います。
例えば、子供に投資するということであれば、能力を高め立派な人間に成長することを願って教育をはじめその実現のためにいろいろなことにお金を使うという意味合いだと思います。目的があってそれを実現するためにお金を使うことが投資ということになります。
人が発明・発見、物作りやお金の活用等を行う主人公ですから、人が最も大切であることは多くの人は理解しています。ただ単純に「人への投資」といわれると、その意味、意図、内容、効果、賛否を判断することは難しいと思います。「人への投資」という場合も何のためにどのような投資をするのか、そのことで経済社会がどのように成長・発展し、国民がどのような豊かな生活が可能になるかを具体的に示すことが大切です。
その点企業は、公正競争の下で需要者の支持を受けて利益を上げ、成長・発展していく目標を持っていますので、当然人や物への投資は企業目標達成のために経営環境を常に分析して効果的な投資を行うことになります。
企業が「人への投資」という場合は、経営目的との関係が明確になっていますので、言葉としては人材投資という意味合いが当然強くなります。人材とは、才知のある会社に役立つ人、才能のある人という意味ですので人材の確保・育成・処遇や働く環境も含めた整備等について投資をすることになります。その結果、業務の高度化や効率化で生産性が向上し、競争力や利益が高まり、経営体制は強化されます。
企業の人材投資は、有能な人の確保も大変重要ですが、それ以上に重要なことは採用後どのように育成・活用をするかということです。人材を育成する場はOJTとOFF‐JTにありますが、前者は日常の業務につきながら教育訓練を行うもので、仕事を通じて上司の指導で業務遂行能力を高めることを指します。
後者は業務命令に基づき、通常の仕事を一時的に離れて行う社内外の座学等の研修ということで、仕事をグレードアップする場合にはこのような研修や能力開発が必要になります。
人材の育成・活用により企業の生産性を高めていくためには、絶えず自己啓発や企業の能力開発支援とともに働く環境整備、設備・機械への投資も必要になります。
企業の競争力を強めるためには企業の能力開発支援が大変重要ですが、それ等の点について企業の対応がどのようになっているか、平成27年度の厚生労働省「能力開発基本調査」でみてみましょう。
まず、企業がOFF—JT及び自己啓発支援に支出した費用についてみると、
OFF-JTに支出した費用は労働者一人当たり1.7万円で25年度の1.3万円、26年度の1.4万円より増加しています。
自己啓発支援に企業が支出した費用は労働者一人当たり、25年度は0.5万円、26年度0.6万円、27年度0.6万と前年と同額になっています。
日本は長期継続雇用慣行“終身雇用”ですので、企業は自社の業務に沿った内容で研修や能力開発を実施しています。
欧米は国や企業によって研修等の制度が異なります。雇用は流動的で人の採用も一部は職種をベースに大学院卒などを採用しますが、基本的には労働市場から職務ベースで必要な時必要な人材を採用するというのが一般的で、日本のように学卒一括採用が取られていないのが実態です。アメリカの企業でも新入社員研修等を企業内で実施している企業もありますが、欧米では雇用の流動性が高いこともあって日本の企業のように、新入社員、担当職社員、監督社員、課長、部長といった階層別研修や部門ごとの職能別研修、自己啓発支援等を細やかに実施している企業は少なく、自分で大学等に再入学するとか、職業訓練機関に行って能力のレベルアップをしてより高い職務にチャレンジするなどの対応をします。
日本の企業の教育訓練を見ると「正社員」については0JT「重視」、「やや重視」を合わせると74%、0FF-JT「重視」、「やや重視」の合計で25.2%となっています。「正社員以外」ではOJT「重視」、「やや重視」の合計で77.2%、OFF-JT20.7%で「正社員」のOFF-JTが5ポイントほど高くなっています。
0FF-JTの教育訓練機関は、正社員(75%)、正社員以外(83.5%)とも「自社」が最も多く、次いで「民間の教育研修会社・民間企業主催のセミナー」では、担当している仕事の違い等も反映してか、正社員が46.0%、正社員以外は17.6%と正社員と正社員以外とではかなりの差があります。正社員のOFF-JTの内容としては、「新規採用者など初任層を対象とする研修(69.2%)」、「管理・監督能力を高めるためのマネジメント研修(47.8%)」、「新たに中堅社員となった者を対象とする研修(40.7%)」等となっています。
このように企業は従業員の能力開発や人材の育成に努力していますがいろいろ問題を抱えています。企業が人材育成で問題としている上位5点を見ると次のようになっています。
①指導する人材が不足している(53.5%)②人材育成を行う時間がない(49.1%)③人材育成しても辞めてしまう(44.5%)④鍛えがいのある人材が集まらない(29.1%)⑤育成を行うための金銭的余裕がない(18.1%)等になっています。
これらの点を見ますと企業の日常の仕事が忙しい、教育投資をする余裕がないなどの理由が上がっています。企業は競争激化でいろんな意味で忙しく余裕のない企業が多いと思いますが、正規・非正規従業員を問わず、従業員への能力開発や研修の実施は企業経営の明日への重要な投資ですので、業務の合理化や働き方の見直しで時間の創出や資金のやりくりで教育に継続的に投資していくことが大切です。
経営者の中には、研修してもすぐ成果に結びつかないこともあって経営業績があまり厳しくなくとも能力開発や研修投資に積極的でない企業もあります。しかし、それでは企業を持続的に成長・発展させていくことは難しいように思います。人材育成してもすぐ辞めてしまうと言う意見もよく聞きますが、経営者は辞めてしまう要因が企業のどこにあるのか認識し、早急に対応することが重要です。
人材育成が企業経営の要であるとの認識の下で、処遇制度、働く環境を総合的に見直して従業員の定着化に努める必要があります。
また、正規・非正規従業員を問わず自分の将来はどのようになるのかについて不安もあります。
企業は人事評価の時期や年1回、あるいは必要の都度、従業員が何を考えているか、従業員の将来の希望や会社の考え方を話し合うキャリア・コンサルテイングを行うことが大切です。
企業がキャリア・コンサルテイングを行う目的を正社員について上位4点を列記しますと①労働者の仕事に対する意識を高め、職場の活性化を図るため72.1%、②労働者の自己啓発を促すため70.2%、③労働者の希望等を踏まえ、人事管理制度を的確に適用するため51.4%、④労働者の主体的な職業生活設計を支援するため40.5%となっています
経済がグローバル化し、産業構造や国民の意識の多様化で雇用の流動化が今以上に進むことが考えられます。国・企業、労働者にとって人材の育成は最も重要な課題です。国、企業、労働者は、学校教育、企業研修、自己啓発等も含めてそれぞれの役割を認識し、目標に向かって仕事に取り組むことが大切です。