労働あ・ら・かると
技能実習法の成立と求められる仲介事業者と受け入れ企業の品性
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
何かと批判の多い技能実習制度の適正化を図る「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案」と
「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」が11月18日に可決され、11月28日に公布されました。
今後1年以内の施行に向けて、外国人技能実習機構が認可法人として新設され、技能実習計画の認定 、実習実施者届出の受理、
技能実習実施者・監理団体に報告を求め、実地検査を行い、また監理団体の許可に関する調査等を行わせるほか、
技能実習生に対する相談・援助等を行うなど、順次新たな技能実習制度に移行していくことになります。
「ここまで本音と建前が乖離してしまった制度が、果たして適正化できるのか」という懐疑的な立場からの批判と、
現実に着目して「一部の不心得によって迷惑を被っているのだから、新たな制度に期待したい。」という声が聞かれる中、
せっかくの一歩前進と思われる新法成立に冷水を浴びせかける技能実習生受入監理団体の振舞いについての報道を目にしました。
報道によれば、四国の外国人技能実習生受入れ監理団体が、「国別の介護技能実習生のポテンシャル」と題して、
東南アジア6カ国の実習生の学習能力や親日度などを国ごとに評価し、介護への適性を採点した表を
ホームページに公開していた(現在は削除)というものです。
表では、インドネシア、カンボジア、タイ、フィリピン、ベトナム、ミャンマーの6カ国について、「介護への適性」などの
8項目を設け、計100点満点で評価して、「◎」「△」などと優劣を示す記号を併記し、総合点の高い順に並べていたそうです。
「介護への適性」の項目では、判断基準を「心から弱者をいたわる奉仕の気持ちがあるか。年長者を尊重する国民性か」と説明。
点数の低いカンボジアとベトナムを「△(あまり適していない)」と評価していたとされています。
他にも「学習能力が高いか」「仕事を投げ出さないか」「日本に強い憧れがあるか」「真面目で純粋な人材が海外に流出し、
枯渇していないか」といった基準を記載し、総合点の最高は87点のミャンマーで、タイには最低点は49点が付されていたとのことです。
そもそも日本で一番受け入れ人数の多い中華人民共和国を入れずに、国別の介護技能実習生のポテンシャル(の傾向値)を
語ることができるのかという疑問がまず浮かびますし、その受入監理団体は、自らのHPのトップには「コストダウン」を
謳っていますが、「国外にわたる職業紹介」の許可番号の掲載が見当たりません。
また、何人の技能実習生について、どのように客観性が確保された調査の下に「国別の介護技能実習生のポテンシャル」を
集計し、発表したのか判りません。
よく企業の採用担当者の方からの相談の際などに筆者が申し上げるのは「傾向値に振り回されて、
目の前の人材の先入観になっていないか、よく自省してください。」と言うことです。
例えば、採用選考の際に出身大学にこだわる採用担当者には「牛後を採りたいのか、鶏頭を探し出したいのか。」
とよく申し上げます。
さすがに最近はめったに遭遇しませんが、「女性はすぐ結婚・出産退職するから避けたい」などと口にする採用担当も、
一昔前はいたものです。そのような方には「片働き世帯数とダブルインカム世帯数の推移」をお話しして、思い込みを修正して
いただいたものです。
「35歳過ぎて独身の男性に経理は任せられない。」と平気で言う方に空いた口がふさがらなかったこともありました。
筆者の友人には、キムチが苦手な韓国ビジネスパースンもいることをお話ししたり、
「日本人でも納豆やタクアンを食べられない人もいるではないですか。『傾向値』に惑わされて、
目の前の人材をよく見きわめもせず判断していたら、貴社に必要な人材が確保できませんよ。」と助言したこともあります。
もちろん、グローバルなビジネスを展開するにあたり、相手国の文化や民族性の傾向値を知ることは大事ですが、
「その国の国民が全部そうではない」という発想を失ってはなりません。
人材個人の職業能力や適性は、国籍で決まるものではないですし、客観的でなく専門的でもないデータで、
「国別に点数を付ける」などというのは、差別的先入観を助長する行為でしかないと思います。
企業の採用選考でも、人材を受け入れる際には目の前にいる人材の「個」性に着目してほしいと言い続けてきた筆者ですが、
介護現場で働く外国人をはじめ技能実習生の大幅増につながる二つの法律の成立を前後しての今回の報道を読むにつけ、
これからの実習制度に不安を覚えます。
「発展途上国には仕事を求める向上心ある労働者が豊富。広い視野で見れば、発展途上国の若者の夢と希望を実現し、
発展途上国の人材育成を行うという、世界の社会情勢に合致している仕組みであり、人権を尊重してしっかりルールを守れば、
実習生と受け入れ企業の双方がウィンウィンになる可能性を秘めている」と、技能実習制度について申し上げたいのですが、
なにより発展途上国の送り出し機関の品格と、仲介事業者と受け入れ企業の徳性が確保されなければ、若者が犠牲になるばかりではとの懸念は深まるばかりです。
今回の法改正が、アメリカ国務省人身取引監視対策部から「移住労働者は男女共に、強制労働の被害者となることがあり、
時として政府の技能実習制度(TITP)を通じて被害者となる。」(「2014年 人身売買報告書」)との日本への指摘・批判への答えになるのでしょうか。
疑念は払拭できないままでいます。
注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)