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労働あ・ら・かると

「非正規公務員」という問題

東京パブリック法律事務所

弁護士 弘中 章

 公務員の世界にも、非正規の問題が存在することをご存じだろうか。
労働人口に占める非正規労働者の割合が増大する中、同一労働同一賃金原則の導入が議論される等、非正規労働者の処遇改善を目指す社会的機運が高まっている。ただ、ここで念頭にある非正規労働者は、民間の会社に勤務している人たちだ。他方、公共部門にも非正規の職員がいるが、その処遇改善の必要性については広く認識されていないように思われる。
 非正規の公務員は、身分保障や処遇面で、正規の職員よりも弱い立場に置かれている。これは民間部門と同じだ。しかし、こうした非正規公務員を法的に救済しようとするとき、民間部門以上に、困難が伴う。公務員と聞くと、民間よりも「安定している」との印象を持たれることが多いが、非正規の公務員について言えば、民間より不安定な立場に置かれているのだ。

 近時、このような官民間の「格差」の非合理性を改めて認識させる最高裁判所の判断が出た。中津市事件(最高裁三小・平成27年11月17日判決)である。
 この裁判の原告Xさんは公立中学校の図書室の司書として長年勤務してきた「図書室の先生」だ。Xさんは、1979年4月1日、1年間の任期で大分県内の村に非常勤職員として任用され、以後1年間の任期で繰り返し再任用(更新)された。その後、村は中津市に編入されるが、Xさんの再任用は続き、結局、2012年3月31日に退職するまで公立学校の図書室の司書として働いた。
 Xさんは、実に、33年もの間、反復継続して再任用されたが、一般の職員に支給される退職手当は支払われなかった。他方、勤務日数や勤務時間は常勤の職員と同じであり、校長により監督も受けていた。一般の職員と同視できる働き方をしていたのに、退職手当で差が生じるのは非合理ではないか。Xさんは、一般の職員と同様に退職手当を支給すべきだと訴えて、裁判を起こした。
 福岡高裁は、Xさんの訴えを認め、市に対して、勤務年数に応じた退職手当を支払うように命じた。しかし、最高裁はこの判断を覆し、Xさんの請求を認めなかった。

 最高裁と高裁で、どうして判断が分かれたのか。要するに、高裁は、勤務の実態を重視し、Xさんを一般の職員と同じに扱ったが、最高裁は、市がXさんを非常勤職員として任用していた以上、勤務の実態が一般の職員に類似していても一般の職員と同一に扱うことはできない、と判断した。最高裁は、これまでも、非正規公務員の雇止めや処遇が問題となった際、「任用」という形式を重視して正規の公務員との違いを強調してきたが、今回も、同様の判断を示したといえる。
 公務員の世界では法令に基づいた画一的な取扱いがなされるべきだという考えは、国民一般の意識に沿う面があるのかもしれない。しかし、その結果、長年、一般の職員と同じように働き市民に貢献してきたXさんが報われないことになるとすれば、何とも歯がゆい思いがする。

 翻って民間の労働者を考えてみると、労働契約法の改正により、有期の労働者と無期の労働者との間の格差を是正するための法制度が整えられた。すなわち、有期労働契約の無期契約への転換制度(18条)、雇止め法理の明文化(19条)、無期労働者と有期労働者の間の労働条件の不合理な差別の禁止(20条)が定められた。そこでは、有期労働者の労働実態を考慮して実態に見合った法的保護を与えようとする考え方を見ることができる。もし民間の非正規労働者がXさんのような働き方をしていたならば、その労働実態を踏まえて無期労働者(正社員)と評価される可能性があり、仮に有期労働者としても、正社員に支払われる退職金を支給されないことが不合理な差別と評価される余地がある。こうして、同じ非正規労働者なのに、公共部門で働くか、民間部門で働くかで、「格差」が生じる状況が浮き彫りになる。

 公務員の世界にも「ワーキングプア」の問題があるとの指摘がなされて久しいが、裁判所に変化は見られない。裁判所に変化を促すため、われわれ弁護士は、新しい解釈理論や立法論を創造していく必要があろう。また、社会全体でも、問題を的確に認識し、改善策を議論していくことが求められている。
                                                       以上