労働あ・ら・かると
裁量労働制紛糾の予兆
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
前回、労働時間の弾力的運用について触れたところ、読者の方々から現在国会で紛糾している「働き方改革法案」の裁量労働制についてはどうなのだというご指摘ご意見が寄せられていますので、今回はその適用拡大部分が法案から削除されたとはいえ、紛糾の予兆とでも言うべき点について思い当たる節があることについて述べたいと思います。
昨年3月末に成立公布された改正職業安定法は、現場の混乱を配慮して改正項目については順次段階的に施行されています。すべての求人について、求人者が労働基準法違反を繰り返す等の「いわゆるブラック企業」からの求人を、公共職業安定所や地方公共団体、民間職業紹介業において不受理とする項目は公布から3年(内の別途定める日)と、現行の若者雇用促進法による新卒等求人の状況を見ながら具体的な運用策を考える余地を確保して、なだらかな改正内容の浸透を図っているようにも見えます。
しかしそのプロセスをていねいに見ていると、一部かもしれませんが行政の中でも、現行の「専門業務型(労働基準法第38条の3)」(研究開発業務や情報処理システムの設計などに限定)、「企画業務型(労働基準法第38条の4)」(事業運営についての企画、立案、調査、分析の業務)の裁量労働制においてその運用に問題があると認識していたのではないかと思いたくなる事象がいくつかあります。
今回の職業安定法改正の背景のひとつに、ハローワーク経由の就職においてすら、就業後に「ハローワークで見た求人票の内容と、実際に入社してからの条件が違う」といったクレイムが、減りつつあるとはいえ年間1万件前後申告されているということがあったと言われています。
その内訳はざっくりと「賃金」「就業時間」「選考方法・応募書類」「職種・仕事内容」「雇用形態」「休日」「社会保険・労働保険」と分けたものしか公表されていませんので詳細は分かりませんが、職業安定法と共に改正されたいわゆる141号告示(職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針)の労働時間明示の項目において、「労働基準法第38条の3第1項の規定により、同項第2号に掲げる時間労働したものとみなす場合(専門型裁量労働制)はその旨を明示(企画型も同様)」と、求人募集時の裁量労働制の労働条件明示についての記載が義務付けられました。
これを受けて「職業紹介事業の業務運営要領」には、労働条件等明示にあたっての留意点に「裁量労働制が適用されることとなる場合には、その旨を明示すること」「特に留意すること」と、昨年の内から記載されていますし、昨年10月頃作成公表された今年1月からの施行内容を求人・募集企業に周知するリーフレットにも、「最低限明示しなければならない労働条件等」の項目列挙のひとつの「時間外労働」の箇所に、「裁量労働制を採用している場合は、以下のような記載が必要です。」として『(例)企画業務型裁量労働制により、○時間働いたものとみなされます。』と例示しています。
うがった見方をすれば、前述のハローワーク求人票内容と実際の労働条件差異についてのクレイム等の中に、1.7%しかいないと平成28年就労条件総合調査で示されている現行の裁量労働制適用労働者に関連するものがあり、その実態について疑念を感じていたのではないかと想像してしまいます。
また前後して昨年6月30日に公表された平成28年度の「過労死等の労災補償状況」では、それまで公表されていなかった「裁量労働制対象者に係る支給決定件数」について、「過去6年間で裁量労働制対象者に係る脳・心臓疾患の支給決定件数は22件で、うち専門業務型裁量労働制対象者に係る支給決定が21件、企画業務型裁量労働制対象者に係る支給決定が1件であった。」と突如公表しました。
そして更に昨年末には、大手の不動産会社において裁量労働制の不適切な適用(本来対象でない営業職数百人に企画業務型裁量労働制を適用)により過労自殺が発生した事案について、東京労働局が労災認定をするとともに、自殺した男性を含めて違法な長時間労働や残業代の未払いがあったと是正勧告と特別指導も実施したと異例の公表に踏み切っています。本件については政府側答弁で「不正適用は厳重に摘発している。」と言うためのものではなかったかとの論調も耳にしますが、労災認定については厳正に実施されている中で、やはり裁量労働制の運用実態に問題があったことは間違いないことでしょう。
筆者が日頃担当している、民間人材会社経由の再就職転職に関わる苦情相談業務においても、昨年末頃ですが、企画部門に就職配属された人材から「事務職なのに裁量労働制適用と言われた。」というような申告例もあり、関心をもって私も調べていたところでした。
年が明けて、裁量労働制について届出をしている全国約1万3000事業所に対して、その運用について自主点検を求め、結果は公表されていませんが2月中に報告書の提出を求めたと厚生労働大臣は述べています。
主旨としては現状の裁量労働制について、制度を正しく理解して適正に実施されているか、まず自主点検の結果を監督署に報告させた上で、必要に応じて監督指導等を行い、裁量労働制の適正な運用を図るということなのでしょうが、この報告結果の内容の公表なしに、問題となった数値の突合せだけでは、裁量労働制に拡大についての法案を改めて提出するのは、きわめて困難とみることが常識的でしょう。
これらのことが昨年来続いていたことを想い起こすと、やはり現状のままでは「提案型営業」に裁量労働制を適用するのは無理があるのではないかと筆者は思いますし、同様な思いを行政の現場でも抱いていた部分があったのではないかと想像してしまいます。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)