労働あ・ら・かると
時間外労働の上限規制を考える
武蔵大学 客員教授 北浦 正行
働き方改革関連法が今国会で成立した。高度プロフェッショナル制等に対する野党の反対を押し切っての決着であるが、当初予定された裁量労働制の拡大が削除されたり、与党側からの修正が加わったりして、難航した経過であった。しかし、8本もの法律を束ねて一括審議に委ねた割には、その内容について十分な議論がなされたかどうか。与野党ともに政略的な対応が目立ち、各施策の問題点や課題についての掘り下げた議論が欲しかったように思える。
今後は、法律の施行に向けて政省令等の整備が急がれる。労政審議会においては、それぞれ現場を背負った労使の代表者によって、内容を深めた議論が展開されることを期待したいものだ。これまでの報道でも、時間外労働の規制や同一労働同一賃金の問題はクローズアップされても、どうしても表面的な理解に止まってしまった感がある。
特に影響の大きい時間外労働の上限規制の法制化については、中小企業の施行時期が1年間延期されたが、取り締まり強化によって労基法36条の遵守に対する企業の意識を高めることは間違いないだろう。ただ、対応を急ぐあまりに、小手先の残業抑制策や強制的な手段による時間短縮のみで乗り切ろうということになってはいけない。休み方が大事というキャンペーンも必要だろうが、場合によっては働き方の劣化につながりかねないことを意識する必要があろう。
本質的な解決を図るためには、業務運営の方針自体の見直しやICT化やAI等の利活用による業務方法の革新といった経営全般の改革であるという認識が必要だ。こうした点は法律からだけでは出てこない。この問題に限らず働き方改革は、ステレオタイプの実効ある特効薬があるのではなく、各企業のレベルで咀嚼しながら実行されて行くものだと言えよう。
いま切実なことは労働力不足の影響が徐々に顕在化してきていることだ。残業の削減は「雇用」の減少を更に強調させることにもなる。そうした状況の中での労働時間短縮という難しさを考え、コスト削減志向一辺倒ではなく、まずは働く世界の中での従業員の意欲を高める改革によって生産性向上を図ることが重要ではないか。さらに、労働時間の問題は消費者や取引先との関係によっても左右されることも考えておかなければならない。その解決は1企業だけで出来るものではないだけに難しい課題である。
いずれにしても、「働き方改革」がムード作りになってはいけない。本当の改革は、それぞれの企業の抱えている問題点を解決することであるのだから、それぞれの企業の事情に沿った改革案を考えることが大事だ。要は企業の経営改革に関わることであり、政府主導の感がある現状を変え、現場の労使が主役であることを再認識したい。