労働あ・ら・かると
求人票は注文書というより予告編
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
働き方改革法案に関連する政省令をめぐっての労働政策審議会の各分科会、部会での論議が活発に行われていることの影響もあってか、職業紹介事業者の方や求人企業の方から、「働き方改革の流れは募集採用活動にどのような影響があり、具体的な点はどのようなことに気をつければよいのか?」という小職へのお問い合わせ、相談が増えています。
具体的に「求人票の記載項目や書式はどのように変わるのか?」という、お問い合わせも過日ありました。
昨年春の職業安定法改正によって、試用期間の有無とその期間、裁量労働制、固定残業代関連その他、募集求人時の明示労働条件項目が増えたことの周知徹底もまだ十分とは言えないのに、随分性急な印象も持ちますが、早目の準備に越したことはないといえるのかも知れません。
ただ、ひとつ気になることがあります。求人企業の方から、求人票作成交付の話を伺っていると、まるで部品の発注書を作成している話をしているのではないかという印象を受けることが、ままあるのです。
確かに「当社はこのような人材を必要としている!」ということを、ハローワークや人材紹介会社に発信したいのでしょうが、少し冷静になったほうが良いと思います。
職業安定法・規則通達類に眼を通すと、そこに定められている募集時求人時に明示すべき労働条件の必須記載項目の多くは、「当社に入社したら、このような労働条件で、働いていただきますよ。」という項目であって、例えば必要な保有資格などは、法律上の求人時明示労働条件の必須項目ではありません。ですから、求人者の方に理解していただきたいのは、求人票を作成するにあたっては、もちろん「こういう人材は大歓迎!」という気持ちは理解しますが、そこは一旦抑えて、むしろ雇用開始後の「働く環境・ルール」、いわば働く環境本編の予告編を作成する気持ちで、募集要項や求人票を作成することです。
就職活動中の新卒の方、転職をお考えの方、ブランクの後に再就職をお考えの方それぞれ、未知の環境に転身しようと応募する人材の立場に立っていただき、その「働いている姿・環境」の判りやすい予告編、イメージしやすい求人票を作成することが、本編本番の仕事に参加しようとする人材が集まるということにもっと目を向けてほしいと思うのです。
求人・募集時に明示する労働条件について、「求職者が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。」と配慮するよう、求人者募集者に向けた指針に記載されているのは、単に規制のためだけではなく、長い間の募集・求人関連の紛争事例の教訓と、ハローワークや民間紹介会社のマッチング経験情報収集の中から出た言葉だと筆者は思います。
雇用する人材に要望する業務処理能力・事業貢献力を高く掲げるのであれば、当然に給与や時間管理処遇もそれなりでなければ的確な人材を確保できないのは、自明の理ですから、雇用開始後の働く環境を整備して、そのことの予告編を誇大でなく作成した上で、従事してほしい業務の内容をきちんと判りやすく具体的に記載することが、求人者にとって必要ですし、後々求人者の経営に貢献してくれる人材確保につながる道であることを理解していただきたいのです。
職業紹介事業者が紹介する人材は、当然ながら紹介事業者が製造した製品でも建築した建物でもありません。広く労働市場に在る人材を努力して探した結果、見つけて求人者にご紹介しているのです。したがって高い要求の注文をされるのであれば、そのような人材が魅力を感じる「働く環境」を整備して、その予告編を求人票という形に落とし込んでいただきたいのです。
その人材に「即戦力」であることを求めることもよく理解しますが、その人材の「戦う力」を維持練磨できる環境を用意しなければ、採用直後は“戦力”であったとしても、その技術や能力はあっという間に陳腐化が進んでしまう時代です。人材の立場からすれば「即戦力」とちやほやされても、その戦力を使い捨てにされてはかなわないと思う気持ちを持っていることを理解した上で求人活動をしないと、人材に応募してもらえないことに気づいて欲しいのです。
「少子高齢化」の時代が到来しているということは、人材の気持ちに無頓着な求人企業は、事業を担ってくれる人材が見当たらなくなってくる、確保できなくなるということです。
映画やドラマに例えれば、本編が大きく改革されるのですから、その予告編たる求人票が従来のままで良い筈がありません。
「働き方改革」「働かせ方改革」が必要だということをいち早く理解した企業が、自社に必要な人材が確保できるといわれる時代ですから、「欲しい人物像」だけを連呼するだけではなく、「一緒に当社の環境で働こうよ。」「このように改革された働き方が待っているよ。」という気持ちがあふれる求人票を、職業紹介事業者は心待ちにしています。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)