労働あ・ら・かると
始まった新しい採用活動
就職アナリスト 夏目 孝吉
求人ブームの過熱化とAIテクノロジーの発展により就職情報や人材紹介業界の様相が変わってきた。かつては、新卒採用、中途採用、アルバイト、一般人材紹介、高度人材のスカウトなどそれぞれの労働市場に専門各社が棲み分け、就職情報サイトも明確に区分されていた。それがこの5年間で大きく変わり、新卒採用と中途採用の相互乗り入れが当たり前になり、新卒にも紹介やスカウトが増えてきた。就職情報の基本となるメディアも紙媒体からPC経由のポータルサイトそしてスマホ経由のSNSが主役となってきた。採用選考もリアルな面接だけでなくインターネットを駆使したエントリーシートのAI選考、動画面接、ライブ面接が急速に普及してきた。
その新しい変化をリードするのは、ITベンチャーや広告、通信、コンサルテイング業界など異業種からの新規参入である。こうした動きは、AI採用を突破口にするところが多く、従来の就職サイトを否定してSNS型の採用活動を切り口にしているのが特徴だ。これらのアプローチによって企業の一部には従来の採用戦略を根底から見直すところも出てきた。気になる動きを取り上げてみよう。
◆今年になって就職情報業界に大きな波紋を呼んだのは、なんといってもLINEが「新卒採用支援」に乗り出すというニュースだろう。LINEはこれまでアルバイトや中途採用などで採用支援を行ってきたが、今度は新卒領域に参入するという。これによって学生のほとんど全員が日常的に使っているLINEのアプリを使って、企業と気軽にやりとりができるようになる。LINEの強みは、電話やメールだけでなく見やすく返信しやすいチャットによる情報のやり取りができるということだ。学生は使い慣れたLINE上で企業情報を収集し、友人と情報交換、エントリーしたり選考に参加したりして、選考結果までの就活を完結できるというわけだ。
チャットが中心といってもLINEで企業は、学生向けに企業情報や採用情報を発信できるだけでなく、トーク画面で学生とメッセージのやりとりをしたり、説明会や面接の日程調整、選考結果の連絡などを自動返信したりできる。新卒の採用活動が短期集中なので簡明でスピーデイな就活アプリとして大いに活用されそうだ。すでにLINEは、学生にとって「学生生活に必須な存在」だが、今後は、「就活に必須な存在」になるかもしれない。
◆昨年から今年にかけて新卒採用では、オンラインによる会社説明会や動画面接が増えている。こうした動画による就職情報のトレンドを一気にリードしようというのが就活サイトのワンキャリア。同社は、企業の会社説明会の動画コンテンツを無料で制作し、就活学生に配信する(動画の配信は有料で企業が負担)。この場合、動画を配信されるのは、ワンキャリアが運営する就活サイトに登録している学生会員。企業は、この動画コンテンツ内で求人を募集することができる。オンラインなので地方企業や海外で留学中の学生も視聴できることになり採用対象学生が増え、多彩な学生が多く応募することが期待されている。
また企業にとって採用業務の多くを占めていた企業説明会の負担が軽減されることも大きなメリットとなりそうだ。これは「ワンキャリアTV」という名称で6月からサービスを開始した。
◆ネット上に氾濫する企業情報や仕事情報を収集、分析して企業のブランディングに活用しようという動きも活発だ。これまでは、消費行動やIR関係で取り組まれていたが、数年前から採用の分野でも見られるようになった。その象徴が就職人気ランキングだが、その上位企業が優秀人材を引き寄せる大きなファクターになっているというのだから企業の関心は高い。従来の採用PR活動は就活媒体に広告を出す、合同説明会に出展するということだったが、最近では、もっと踏み込んで多くの学生が参加しているSNSを活用して企業の評判を高めていくという動きだ。
こうしたネットの評判や書き込み、つぶやきを基にして企業への共感性、エンゲージメントを高めていくというアプローチをしているのがスパイスボックス。デジタルマーケティングを取り入れた採用手法ということである。この動きは、ベンチャー企業を中心に広がっているが、ついに大手企業も取り入れ始めた。その先進的な例が、パナソニックでスパイスボックスは17年1月に採用系コンテンツの効果分析、世の中の採用トレンドの把握、競合社との比較を進め、それを基に同社の採用広報を展開している。
◆こうした企業側の新しい採用手法の変化は、学生を送り出す大学側にもみられる。例えば、千葉商大の逆求人サイトの開設がそれで、企業側から採用したい学生にオファーを出す「逆求人型」の就活サイトを大学が開設している。
学生は大学で学んだことやアルバイト経験、自己PR動画をサイトに登録する。企業側は気になる学生をサイトで見つけた場合、接触したい旨のメッセージを大学に送る。大学は、企業と学生を効率的に引き合わせ、双方の希望に沿ったマッチングにつなげる。サイトを利用できる企業はキャリア教育や就職支援などで同大と協力関係にあるアライアンス企業に限定する。学生がオファーを承諾すると、連絡先や住所などの個人情報が企業側に通知され、双方が直接連絡できるようになる。
このように就職情報業界は大きく変わろうとしている。もちろん、これまで圧倒的な力を持っていたリクルートやマイコミも健在だが、その市場に異色の業界からの参入が相次ぎ、企業の採用や学生の就活はさらに新しいマッチングを目指すことになる。