労働あ・ら・かると
人材コンサルタントを悩ませる短縮アルファベット業界用語
一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二
昭和の時代には「35歳転職上限説」が説かれ、ステップアップ転職は若年層のうちにすべしという主張も多く聞かれましたが、昨今のデータでは、40歳以上の方の民間職業紹介事業者経由の転職の増加も報告されていて、転職相談に人材紹介会社を訪問される人材の方も、脂の乗り切ったベテランビジネスパースンがよく見受けられるようになりました。
となると、担当する人材コンサルタントも、それ相応にお相手をする転職相談者の業界・職種に精通していることが当然に求められ、新卒採用中心の人材紹介会社では社会経験が十分とは言えない担当者が、相談者の話していることが正確に理解できず、それが不満、苦情につながってしまうことが時として起こります。
過日小職に寄せられた苦情は、「人材コンサルタントがスマホをいじりながら話を聞いている。失敬だ!」というものでした。事情調査のためにその人材コンサルタントにヒアリングをしたところ、「人材の登録面談の際、職務経歴の中に自分が知らない技術用語があったので、スマホでググって(検索して)正確に理解しようとした。」という事情が分かりました。
例えば「CDの開発に従事していました。」という職務経歴の説明を受けた場合、スマホやWeb検索の普及していない昭和の時代でしたら、コンサルタントは「CDとは何の略でしたか?」「コンパクトディスクの開発に従事されていたのですね?」という応対でコミュニケーションをはかっていったものです。その人材が金融系なら、「キャッシュディスペンサーですか?譲渡可能性預金(certificate of deposit)という商品の開発ですか?」という応対になり、データベース系システムエンジニアの方なら「顧客コード(Customer Code)の仕組みをどんなふうに開発されたのですか?」というやりとりで、職業紹介担当者は自分の理解が間違っていないかを確認しながら、人材の相談に応じていたものです。
「AD」という略語も、業界によってアシスタントディレクター (assistant director)だったり、システムアドミニストレーター(Systems Administrator)を指したり、お医者さんや医療系人材の話であれば不安障害や適応障害、アスペルガー障害を意味するイニシャルだったりするようですし、さらに「さもありなん」ですが、最近は自動運転 (autonomous driving)の意味でも使われるようです。これらの研究開発技術者の需要も、転職市場で高まっていると聞きます。
転職を志向する人材の方々は、往々にしてご自分が過ごしてきた業界・職種の略語を使いがちですし、それは当然のこととも言えます。同業界・同職種への職業紹介をするのであれば、そのような表現の職務経歴説明をしても求人者に十分その人材の適正・能力を伝えることができるのでしょうが、業界そのものの浮沈が激しい時代には、他業界・同職種への転職紹介も増加することがありえます。
そのような場合、求人者側からすれば自らが理解できるような表現ができるかも、候補人材の選考判断の要素となるわけですので、仲介に立つ担当人材コンサルタントも、他業界の求人者でも理解しやすい表記・表現をするよう助言していくことが求められます。
1999(平成11)年の職安法改正、までは、職業紹介事業の許可を得るにあって選任しなければならない職業紹介責任者の要件に、取扱職業について10年以上の経験(法定資格職業の場合は5年)、もしくは取扱職業の職業紹介事業従事経験10年以上というものがあったので、実際の職業紹介は職種の範囲を超えることが少なく、家政婦さんは家政婦さんに、経理課長は経理課長にという転職紹介・労働移動あっせんだったことが思い起こされます。この時代には職業別の紹介取扱許可でしたので、紹介担当者も登録人材も共通業界用語で話し、求人職種も同一言語でコミュニケーションすることで、今回のような支障が発生する余地は少なかったのですが、職業紹介事業の大幅規制緩和によって、有料職業紹介事業は、建設現業職、港湾運送業務以外は全職種を取り扱うことができることになり、また参入障壁が低くなったことと、人材紹介ビジネスの社会的認知が高まったことによって、新卒で人材ビジネスに従事する方も増えてきました。若者が従事することで同世代の転職志向者とのコミュニケーションがとりやすいという側面も、もちろんあるのですが、一方で社会経験の浅さから今回のような苦情も発生することになったように見えます。
規制緩和がもたらした予想外の状況ですが、ますます人材紹介コンサルタントも高度の資質知見が求められる時代になったと痛感します。
くだんの人材コンサルタントに対して、筆者は「Web検索を活用して自分の知見を増加定着させることも大事ですが、自分が知らない略語を述べる人材が、自分にとって一番の先生なのだから、謙虚な姿勢で教えてもらうことが一番。」と助言しました。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)