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職業紹介事業規制の変遷を振り返ってーその3 財産的基礎

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 今月は、職業安定法第31条第1項1号により、有料職業紹介事業者に義務付けられている「財産的基礎」の要件について振り返ります。無料職業紹介事業についても同法第33条により、この基準は準用されています。

 今筆者の手元にある一番古い資料「昭和27年版六法全書/我妻栄 宮沢俊義責任編集/有斐閣」に掲載されている職業安定法によれば、その第32条第2項には「労働大臣が前項の許可をなすには、予め、許可申請者についてその資産の状況及び徳性を審査するとともに、中央職業安定審議会に諮問しなければならない。」とあるので、この財産的基礎要件については、戦後の職業安定法成立以降の恐らく当初から、設定されていたものであろうことは容易に推測できます。
 要は「武士は食わねど高楊枝」の人には許可せず、多少経済的に逆風が吹いても倒れないほどの資産を持つ人しか、人さまに職業を紹介する仕事はさせないという考え方なのでしょう。

 資産要件とともに、法案を作成された方々の「職業紹介事業者には徳性が必要だ。」という発想が光る条文ですが、今ではその文字をほとんど目にしない、この「徳性」なるものを当時具体的にはどのように審査していたのかは、古老に是非伺ってみたいと思うものの、コロナ禍下では思うに任せないので、読者の中でご存知の方がいらっしゃったらご教示いただきたいと思います。
 恐らく1999年の職業安定法改正まで残っていた「要徳性」の定めだと思われますが、筆者自身が昭和~平成初期にかけて有料職業紹介事業の許可申請をした折に、我が徳性について、取り立てて審査された記憶も資料も残っていないこともあり、興味は尽きません。

 どの程度の金額の財産的基礎が必要とされたのか、「民営職業紹介事業ガイドブック(昭和62年 社団法人 全国民営職業紹介事業協会発行)」によれば、この許可要件の資産、資金の規定は、「職業紹介事業を行ううえで求職者または求人者のためにも安定した事業の継続を保証する要件」であり、また「職業紹介の事業では常に一定量の需要供給があるものではないので、その変動に十分対応できる経済的基礎が必要となります。」と解説されています。コロナ禍下で、観光関連や飲食店業、乗客を輸送する業界・職種を主な分野として取り扱ってきた職業紹介事業者の悲鳴を聞く今、この記述が胸に刺さります。
 当時、必要とされた金額は「取扱い職業ごと(当時は、経営管理者、科学技術者、通訳、看護婦、家政婦、美容師など、28職業別の許可制度でした。)」について、必要とされ、一職業については今(限定しない限り原則としてすべての職業を対象)と見かけ上同じ「基準資産=500万円」となっていて、ただし追加一職業毎に「500万円×1/3」でした。
 この間の物価の推移も考えると、1999年の職安法改正で、ネガティブな職業別許可からポジティブな原則全職種(除く建設・港湾・船員)取扱い許可に移行した際に、多職業を取扱っていた職業紹介事業者にとっては大きな緩和となって、そのまま現在に至っているということです。
 コロナ禍で、この資産要件を満たすことができずに紹介事業許可更新手続きができないと、資産要件緩和を要望する声も聞こえてはいますし、行政も一定の猶予措置を講じたようですが、コロナ禍を乗り越えた暁には別途適切な時期にこの要件を見直して、逆風下でも職業紹介がきちんと継続できる資産要件のあり方を論議することが必要だと思います。

 また、2004年3月までは前述の資産要件をクリアして、大臣許可を受けた後に、一事業所につき30万円の保証金を法務局に供託しなければ事業を開始できませんでした。
 許可が必要な事業を行うに当たり、供託金が必要な例は他の許可事業でも存在し、宅地建物取引業では、営業保証金として本店1000万円支店一カ所500万円、投資助言業で500万円、家畜商では従事者1名2万円、1名増えるごとに+1万円など、多くの許可事業において、万一取引において事故が発生した場合でも、国の機関である供託所が損害補填を担保することで取引の利用者を保護し、営業の円滑化を図るという目的での運用となっています。
 一旦国が許可した事業者が倒産したり、不適切な業務遂行によって当該事業の利用者が損害を被った場合の補填制度としての営業保証金供託が廃止されて16年、残された資産要件が適切なのかどうか、検証が必要な時期が来ているように思います。

 先月の拙稿でも、その趣旨を述べたつもりですが、令和の時代の職業紹介事業が、紹介する職業に就いて何らの知識もなくても職業紹介できることになってしまっていることに加え、必ず跛行性のある経済状況の変動に耐えうる資産を必要とする要件の趣旨が忘れられているように見え、「なんでも規制は緩和することがいいことだ。」ではなく、現状規制の不都合は何なのか、その規制を緩和することで、被害を救済されない求人者や求職者が新たに生まれないかを十分に検証し、「無駄な規制を廃止し、国民を守れる適切な規制のあり方」を、歴史も振返って検証すべきではないでしょうか。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)