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コロナ禍下雇用維持策の出向あっせんと、労働者供給事業の禁止

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 とても残念なことであり、ある程度覚悟はできている(「準備」ではない)ものの、新型コロナウイルス感染拡大の状況は全く好転しない状態が続いています。

 人を運ぶ業界や飲食観光関連業界をはじめとして、利用者急減という未曽有の経営環境の中では、資本関係のない異業種への自社社員の在籍出向により、従業員の雇用を維持しようとする動向が報道されています。
 航空会社が家電量販店やスーパーに自社社員を出向させ、出向先での仕事としては、コールセンターや、販売・営業、社員向けの英会話講師、接客マナー講師などが、検討されていると伝えられています。また観光バス会社が、大型二種運転免許を持つ人材を、貨物輸送の物流企業に出向させ、雇用維持をはかっている光景も、TV番組で取り上げられたとも聞きます。

 そんな中、筆者への問合せ・相談で増加しているのが、出向元企業からの「派遣の許可を持たずに、自社社員を資本関係のない他社に出向させることは、禁止された労働者供給事業(職業安定法第44条)に該当してしまうのではないか?」という問い合わせや、このような出向者を受け入れようとする企業の人事担当者からの、「禁止されている労働者供給は、受け入れ側にも罰則があるようだが、このような事例は該当するのか?」という問い合わせです。
 職業安定法第44条では「何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者自らの指揮命令の下に労働させてはならない。」と定められています。
また、職業紹介事業者からの「在籍出向のあっせんは、職業紹介事業として取り扱ってもいいものか?」という質問も多く寄せられています。

 後者の質問に対しては、「在籍出向とは、一般的には出向元との雇用契約を維持したまま、出向先とも雇用契約を結ぶことであり、求職登録人材が出向形態での就職を希望している場合に、その人材に出向先を紹介することは、『出向先との雇用関係の成立をあっせんすること』なので、職業安定法第4条第1項により職業紹介に該当します。是非法定の手続きにそって適切に職業紹介を行ってください。」とお答えしています。

 しかし、前者の出向元企業からの相談に、慎重にお答えしようとして様々な法規制や通達、過去の資料を調べると、すっきりしない点が残りますので、悪意なく雇用維持のために喧伝されているような出向を行なおうとする場合でも、慎重なコンプライアンス担当者の方が、外形的に「供給逃れ」のための「偽装出向」に該当するのではないか?見えてしまうのではないか?との疑念を持たれる気持ちはよく分かります。

 このような疑念や指摘は10年以上前からあり、小職が知っている範囲では平成20年2月29日の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」提出資料に、下記の「労働者派遣と在籍型出向との差異」というものが提出されています。
 また、現行の労働者派遣事業関係業務取扱要領にも、この考え方を踏襲した記述が見られます。
 要は、在籍型出向の内、
 (1)労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する
 (2)経営指導、技術指導の実施
 (3)職業能力開発の一環として行う
 (4)企業グループ内の人事交流の一環として行う
等の目的を有しているものについては、出向が行為として形式的に繰り返し行われたとしても、社会通念上「業として」行われていると判断し得るものは少ない、と言っているのですが、「少ない」ということは「少しはある」ということになるので、「それはどういう場合なのか?」という疑念を払拭できないのです。

 社会保険労務士さんの中には上記の「①労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する」の「関係会社」の定義について、会計ルールによる資本関係などがある会社と狭義に解釈される方もいらっしゃる一方、出向契約を結んだという関係がある場合も含まれると、広義に解釈して「出向元の雇用確保施策の一環であれば、社会通念上業として行われると判断し得るものではない。」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
 このような事例について裁判例があるわけでもないので、新型コロナウイルス感染症拡大の中、雇用維持に苦心する出向元企業が安心して出向政策による雇用維持を推進できるよう、どこかで「この『関係会社』とは、必ずしも会社法上の関係会社に限定されるものではない。」という行政当局の考え方が明示されれば、と切に思う次第です。

 もちろん、適切な労務管理としては、出向にあたっての本人の主体的な同意をきちんと確保すべきことは必須ですが、もし何年か先に、本人が出向解除を希望せずに出向先への転籍を希望するようなことになっても、このような形で人材が、失業を経験することなく別の業種の企業へと移っていくことは、円滑な失業なき労働移動を実現するものですし、それが新たな産業構造の転換を促すものになる、とも言えるのではないでしょうか。
 コロナ禍下、行政機関の方々も疲弊していらっしゃるとは思いますが、早くすっきりした見解を発出していただき、出向による雇用維持確保が滞りなく実現できることを期待します。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)