労働あ・ら・かると
「勘定合って感情足らず」の労務を今すぐ正そう
社会保険労務士 川越 雄一
「勘定合って銭足らず」ということわざがあります。帳簿上の収支計算は合って儲かっているのに、実際には現金が不足している意味で、理論と実際がうまく一致しないことのたとえです。一致しないのは帳簿だけではなく労務でもよく起こります。つまり理論上は問題なくても、人の感情に配慮が足りず社内がゴタゴタしてしまう、いわば「勘定合って感情足らず」の労務です。
1.ポカンとする従業員
「勘定合って感情足らず」労務の入口は、経営者のごもっともな一言だったりします。従業員は「社長、何をおっしゃっているのですか?」と口にも出せず、ただポカンとするだけです。
- 身の丈に合わない労務施策
今は、良くも悪くも労務施策に関する情報が得やすい時代です。そうなりますと、制度名につられて、大企業でも運用が難しい成果主義賃金制度などを、パート主体で30人程度の会社で導入しようとする経営者も出てきます。もちろん、そのような賃金制度が理論上間違っているわけではなく、企業規模や雇用形態からして身の丈に合わないだけです。
- 損得・勝ち負け視点の労務管理手法
「こうしたら得する」「こうしたらトラブルに勝てる」などと、損得・勝ち負け視点の労務管理手法を勧める人も少なくありません。また、そのようなことは、いかにも経営者の味方のような印象がありますから飛びつく人も多いのですが、結果としてこちらから従業員にケンカを売るようなことになりかねません。
- 理論上はごもっとも
身の丈に合わない労務施策も、損得・勝ち負け視点の労務管理手法も、理論上はどれもごもっともなものです。従業員もポカンとするだけで堂々と異を唱えるわけでもないので、経営者は気をよくして「これはいい」ということになります。一方の従業員にしてみれば、「社長、何をおっしゃっているのですか?」と、勘定は足りるも感情が足りない状態となります。
2.ますます離れる人心
人は理論ではなく感情で動きやすいものですが、労使関係はなおさらです。それを向きになって理論で抑え込もうとすれば、ますます人心は離れます。
- 抑え込み労務の限界
従業員が経営者の方針に従うのは当然ですが、従わせるような抑え込み労務には限界があります。誰かの受け売りみたいな理論を従業員にぶつければぶつけるほど経営者の信頼は失墜し、誰も本気で経営者に従う人はいなくなります。経営者というのは、一見恐れられているようで侮られているものです。
- 目先の小さな得が大きな損に
労務関係の法律は最低基準を定めたものです。その基準に合わせて、1円たりとも損をしないという姿勢は、理論上は正しくても従業員の人心は確実に離れます。いわゆる「せこい会社」だと思われてしまいます。また、法律ギリギリというのは違法と紙一重です。こうして、目先の小さな得が大きな損となって跳ね返ります。
- やってはいけないことの誘惑
世の中、大体「やってはいけないこと」のほうがやりやすく、それを「やっても良いこと」と思いこんでいる人も多いものです。そして、「やってはいけないこと」をやらせようとする誘惑が、ちまたに溢れています。特に二代目経営者は、人心を掌握しようと向きになり、さらに「やってはいけないこと」の誘惑にはまってしまい空回りするのです。
3.勘定と感情の折り合いをつける
従業員の人心をつかむには勘定と感情の折り合いをつけることが重要になります。そのためには、経営者が法律を守り、人の痛みを肌で感じ、少々のことには目をつぶることです。
- 経営者は法律を守る
確かに類まれなカリスマ性を持つ人は別にして、普通の人が信頼を得るには、まず法律を守ることです。いわゆる勘定の部分ですが、これを意識して守ることにより従業員からの評価はグンと高まります。それは、公正な対応をする経営者という印象を持つからです。ですから、社内で経営者こそが一番法律を守るべきです。
- 人の痛みを肌で感じ取る
従業員はいろいろな事情を抱えて働いており、少なからず痛みを持っているわけですから、経営者としてはそれを肌で感じ取ることが必要です。これが感情への配慮です。自分がされて嫌なことは従業員も嫌なはずですからすべきではありません。従業員がそのような配慮を感じ取ってくれれば少々の勘定足らずはリカバリーできます。
- 少々のことには目をつぶる
経営者の意思にかかわらず「吹けど踊らず」で、腹の立つことも少なくありません。しかし、ここは「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の姿勢が肝要です。労使関係はお互い様であり、少々のことには目をつぶるなど、懐深く構えることも必要ですが、こちらが少々折れることがポイントです。負けるが勝ちともいいます。
今は世の中にゆとりがないのか、損得・勝ち負けという理論重視の労務管理手法がまかり通っています。しかし、「勘定合って感情足らず」では元も子もありません。コロナ禍で心にゆとりがない時代だからこそ、従業員の感情に配慮した労務が必要なのです。