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労働あ・ら・かると

目前の課題対処と共に、教訓化を忘れず実行することが再発防止につながる~新型コロナウィルス感染症対策に想い巡らす~

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 

 多くの就職や職業紹介に関連するトラブルに対する解決助言を行うことが、筆者の日頃の仕事ですが、紛争に直面していらっしゃる職業紹介事業者や求人者、求職者の方々のお話を伺っていて、心掛けるようにしていることが、タイトルに掲げたことです。
 もちろん眼の前で起きてしまっているトラブルを、なんとか鎮静化することは焦眉の課題ではあるのですが、結果事態が鎮静化すると安堵してしまって、再発防止策の立案をお願いしても忘れ去られてしまうことが、残念ながらままあります。
 例えば、解雇無効時の金銭救済解決制度も、さまざまな検討が続けられているようですが、個別紛争案件が金銭によって解決したとしても、同様の解雇紛争が続発したのでは、労働者にとって不幸なだけでなく、雇用主側の経営やその後の人材確保策にもよいわけがありません。当たり前ですが金銭解決ができるからと言って解雇紛争が多発したのでは、何のための制度検討なのか、その目的を見失うことになってしまいます。
 さまざまなビジネスの場面で、起きてしまうマイナスの事象に対しては、個々の事象を解決することはもちろんですが、二度と同様の紛争が起きないような再発防止策を整理し、実行に移してはじめて、事業活動や社会の進歩があるのではないでしょうか。

 先月この「労働あ・ら・かると」で、政府の新型コロナウイルス対策分科会長である尾身茂氏の発言に言及したこともあり、氏の10年前の著書「WHOをゆく」をもう一度読み直してみました。
 書には氏の20年間にわたるWHOでの活動が凝縮して記されているのですが、同時に、日本におけるパンデミックインフルエンザ対策について「日本はワクチン後進国」であると指摘し、「リスクコミュニケーション」の重要性も説いています。
 10年以上前の2009年当時、メキシコで始まった豚由来の新型インフルエンザについて、「人から人への感染が始まった。」とWHOが公式声明を出しました。成田空港で「水際作戦」が開始されており、WHOから帰国早々だった尾身氏は麻生首相(当時)からの要請で、「日本政府新型インフルエンザ対策本部諮問委員会委員長」に就任しています。この当時の「新型インフルエンザ」の克服についてはここでは触れませんが、敢えてご紹介したいのは、この当時の「新型インフルエンザ」が一旦終息した直後の専門家の以下の提言です。(筆者が要約しています)

(1)パンデミック初期には、致死率感染力など疫学情報が極めて限られているので、最悪のシナリオを想定して対策を採らなければならないことを国民に理解してもらう必要がある。
(2)パンデミック開始前の「行動計画」の見直しが必要。感染力を縦軸に、致死率・入院率などを横軸にしたマトリックスを作り、それぞれのカテゴリーに対し、検疫、医療体制、学校閉鎖などの対策を議論しておくことが重要。同様にそれぞれのカテゴリーに対し、国と地方自治体の役割分担、権限移譲についても、あらかじめ議論しておくことが必要。
(3)医療関係者、専門家、官僚などが技術的な議論を行い、速やかに政治的判断を求める仕組みが必要。
(4)より有効なリスクコミュニケーションの方法の確立に向けて、国、地方自治体、マスコミ関係者が活発な議論を始める必要がある

 繰り返しますが「10年以上前」に行われたこの「再発防止教訓化」を読むと、今のCOVID-19感染拡大の「教訓」と重なって見えてしまうのは、筆者だけでしょうか?
 これらの事項はこの10年の間にどのように予算化され、どのように実現に向けての歩みを進められてきたのでしょうか?
当時の政府資料にも、「政府においては、今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策の経験等を踏まえ、高病原性の鳥由来新型インフルエンザが発生した場合に備え、水際対策の体制整備、社会・経済機能維持のための条件整備、ワクチンの接種体制、医療提供体制の整備等について検討し、行動計画の見直しを行うなど、早期に新型インフルエンザ対策の再構築を図ることとする。」という記述が、検索結果に出現します。
 尾身茂氏は当時の新型インフルエンザ対策について、「我が国の致死率が諸外国に比べ圧倒的に低かったのは、地域における医療関係者、行政官などが過剰な負担に耐え、懸命な努力をした結果であって、この経験を踏まえ、腰を据えて次回への対策を考えるべきである。」と力説していることも発見しました。

 「教訓化」はもちろん大事だろうけれど、「教訓化した再発防止策」を政府が地道に実行することがなければ、社会はちっとも進歩しないということを痛感します。
 規模の大小はあれど、個々の事故や紛争の解決と同時に考えるべき「教訓化再発防止策」は、立案するだけでなくコツコツと実行に移さなければ、働く人の暮らしも企業も社会も、その進歩には結びつかないということを再認識し、絶対に「喉元過ぎて熱さを忘れ」てはいけないと自戒する次第です。

 本稿が読者のみなさんの眼に触れるのは、学校の二学期始業式も目前の時期ではないかと思います。過去の感染症対策で「学級閉鎖」が有効だったことを忘れず、しかし新たなデルタ株の出現という事態に即応した、科学的根拠に基づいた対処策が立案実施されると同時に、随所での教訓化と新しい再発防止策のためのデータ収集と議論を望みます。当然その再発防止策の着実な実行もです。
 もちろん、目前の対処策として、働く人びとも事業を経営する方々も、パンデミック対策としての「人流抑制」の必要性を改めて認識していただき、悪しき「慣れっこ」を排して「ひとごとではない自分事」として、できる「行動変容」を着実に実行に移していただきたいと思います。

※本稿の参考図書:「WHOをゆく」尾身茂著 医学書院 ISBN978-4-260-01427-4

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)