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労働あ・ら・かると

公益通報制度は生きていないのか、労働組合は何をやっていたのか ~相次ぐ企業不祥事に思う~

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 歴史ある、日本の戦後の成長の一翼を担ってきたはずの大手企業で不祥事が続いています。「不祥事」と一言で済ましてはならないことです。
 特に品質管理に関わる不正は、日本の製造業の強みである品質保証を揺るがす問題だという認識、再発防止に取り組んでほしいという要望を経団連は示し、当該企業出身の副会長が辞任するという事態になっていますが、率直な印象は「今に始まったことではない。」の一言に尽きます。
 
 直接の契機となった事件は、鉄道用装置の35年にもわたる検査不正だったわけですが、その件で社長の辞任が報道された7月28日の2日後の7月30日、同社のHPで「業務用空調・冷熱機器ご愛用のお客様へのお詫びと点検のお知らせ」とのホームページ記載が目に留まりました。こちらも最終工程検査装置が7年間「絶縁抵抗試験と耐電圧試験が常に合格になる状態」、つまり不良品でも発見できない(しない)まま出荷していたということのようです。
 お詫びのHPでは「最終検査工程において不備のあった当該試験とは別の動作確認試験を全数に行っているので出荷製品の安全性は確保できているものと考えております」ということですが、購入者の率直な気持ちとしては「それなら『無用な検査』を電気用品安全法が決めているので仕方なくやっていたということか?」ということでしょうし、所轄行政機関は、意味のない行政運用をしていたということになるのでしょうか?
 あくまで想像でしかありませんが、「無用な検査だから、検査装置を常に合格にしても問題ない。」と魔が差した技術者の方がいて、それを見て見ぬふりをする(あるいは積極的に是認する)同僚や上司がいたとしたら、そのような職場風土を連想すると、同企業の他の製品の安全性は大丈夫なのかという不安がよぎります。
 
 筆者は6年半前のこの「労働あ・ら・かると」に、「理系人材とリベラルアーツ授業」という題で、若い技術系人材の卵に対して「彼等は非常に権威に弱い。これは何とかしなければならない。」との強い思いで技術系大学での「リベラルアーツ」講座を充実させ続ける教授の話を紹介しました。
 またその後「愛国的脱走兵と企業不祥事、転職を考える」として、当時報道されていた、大手金属鉄鋼メーカーの品質データ改ざん・日本工業規格に満たない製品出荷の疑いの指摘、複数の自動車メーカーでの無資格者による出荷検査などの日本の製造業の不祥事を取り上げ、その2年前のゴムメーカーの免振ゴム性能偽装、建材メーカーの杭打ち施工データ不正問題などと共に「それにしても何故もっと早く明るみに出せなかったのか。」と述べました。人材が不本意ながら不正行為を強いられるのであれば、転職も選択肢であるとも述べました。
 
 モノづくり、システムづくりに関わる人材の方々、様々なサービスを提供する方々は、ご自分が関与したモノ、提供したサービスが、利用者・消費者をだましたり傷つけるものであってはならないことは判っているはずです。出荷した鉄道部品の品質に問題があった結果、大きな鉄道事故につながるかもしれないという想像力を当該企業の人材が一人も持っていなかった筈はありません。
 
 昨年には、行政機関等への通報を行いやすくし、退職後1年以内の労働者も保護の対象とするなどした、新たな改正公益通報者保護法が成立し、来年には施行されることになっています。当該企業に働く人たちの中にはこの事実を知っている人がいるはずです。なのになぜこの制度に注目して公益通報を行わなかったのでしょうか。もちろん実際に不法不誠実な場面に遭遇してしまった場合、正義感だけで闘うことは困難なのかもしれません。それでは当該企業の労働組合は何をしていたのでしょうか。
 二割を切る組織率が指摘される労働組合とはいえ、当該企業には3万人もの組合員を擁し「人間性豊かな社会の創造に努力し、働く者の幸せを追求します。」と宣言する企業内労働組合があったのに、労使協議の場で一体何を議題にして対話していたのでしょうか? 往々にして組織の硬直化、情報パイプの目詰まりが指摘される大企業において、現場の組合員と密接な関係の(であるべき)労働組合執行部が、企業不祥事に気付いた組合員からの指摘をもみ消していたのならとんでもない話ですし、もし執行部に情報提供されていなかったとしたら、現場の組合員の意見や心情を汲み上げる組合活動がおろそかになっていて、信頼感の醸成ができておらず「この執行部はいざというときに組合員を守ってはくれないのではないか。」と見られているのではないかという自己検証が必要です。
 優れた経営者は、労働組合との対話を尊重し、経営判断をするにあたっても対話内容を斟酌しているはずです。収益の労働分配だけに終始し、賃金のことだけしか机上に乗せないのなら、それは前近代的な労使関係といわざるを得ません。
 労働組合が不祥事を見過ごした結果、企業の社会的評価に大きなダメージを与えるようなことになれば、要求すべき分配が小さくなってしまう、あるいは無くなってしまい、組合員にとっても不幸な結果となる視点を、労組執行部は持たなければならないと思います。
 
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)