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「助言の価値」「編集の価値」がさらに問われる時代

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 最近「プラットフォームビジネス」ということをよく聞きます。
 「一億総活躍」の働き方改革実現の前に、「一億総端末携帯所持」の光景が出現し、ITの進歩によってWebで需要と供給を結びつけることが簡単にできる時代がやってきました。
 気が付いてみれば老齢筆者も、出張の交通手配を自分のスマホやPCで行うようになり、昭和・平成初期の頃は旅行代理店に電話をかけて(多少進歩してもメールを送信して)交通機関や宿泊先を手配していたなど、信じられない遠い昔のように思われます。
 モノを売買するサイトはもちろん、運んでもらうこと、タクシーを呼ぶこと、出前を注文すること、預金をすること、保険に入ること、結婚相手探しまで、「所持端末」をコチョコチョやればできてしまう、この「情報の突合による取引成立のあっせん機能」の大きな変革期の時代に、何が残すべき価値で、何が無用化することなのだろうかと、想いを巡らす日々です。

 もちろん、人材を探す「求人」と、仕事先を探す「求職」という需要と供給も、例外ではありません。厚生労働省の労働政策審議会に「労働力需給制度部会」という会議体が存在し、労働局の組織にも「需給調整事業部・課」があります。今月1日に国会に提出された「雇用保険法等の一部を改正する法律案」には職業安定法の改正も含まれているわけですが、今回の改正内容は、従来の「職業紹介の規制緩和」「労働者派遣事業の規制強化」といった論議ではなく、ITの進歩によって出現進化した、職業紹介とは異なる「求人情報等提供事業」についてのものが中心になっています。「求人情報等提供事業」を職業安定法により明確に位置付けたのは、5年前の法改正であったのですが、これを一歩進める内容になっています。

 この間の「プラットフォームビジネス」をめぐる紛争や功罪を考えると、その一つは「掲載されている情報に悪質なものがあった」ということではないでしょうか。
 お正月のお節料理をネットで注文したら、画面に掲載されていたものとは異なるスカスカで粗悪なものであったという事件が報道されてから10年以上経過したと思いますが、当時の論調の中には「このような粗悪品を販売することを掲載したWeb事業者の責任は?」というものも見受けられたと思います。
 私たちがそこから得られる商品やサービス、情報についての信頼感は、何を根拠にしているものなのでしょうか?100%ではないにしろ、「老舗の百貨店の商品」「大手商社の裏書のある手形」「大手マスコミの報道」を信頼することで成り立っていたといえるのではないでしょうか。それが、スピードにおいても拡散性においても数段上のWeb取引の場の「情報の信頼性」をどう担保して、消費者・国民を守り、国の経済を健全に発展させるのかが問われている時代です。
 もちろんなんでも規制して「お国のお墨付きがあれば安心」などという社会を筆者は望むわけではないですし、過去の社会ではとてもじゃないけど不可能だったと思える起業を実現しているネット社会の現状の長所を削いではいけないとも思います。
 しかし、就職転職にあたっての選択肢の情報が、ハローワークや職業紹介事業者経由のものであれば、少なくとも法違反の項目の有無についての点検は為されているものである筈ですが、現状のネット上の情報は極めて危ういものが含まれているのではないかという危惧を拭い去ることはできません。

 もう一つ陥りやすい錯覚のことも指摘しておきたいと思います。それは「誰が当事者か間違えやすい。」ということです。多くの方々が、UberEatsなどの「出前プラットフォーム」を利用して、コロナ禍下引きこもらざるをえない中でも、自宅に料理の出前の取引が成立していることはご存知でしょう。この取引は誰が誰に注文し、誰が誰を雇っているのか見えにくいシステムではないでしょうか。自転車でお料理を配達している人材は、一見、出前プラットフォームに雇われているようにも見えますが、誰にも「雇用」されているわけではなく、料理を注文した家庭の「依頼=委任」もしくは配達を「請負って」いる構造だそうです。また料理店からも「出前をしてほしい」という依頼を受けていて、出前プラットフォームは「単にその情報を伝えただけ」ということのようです。
 そうなると自転車を漕いで料理を配達している方々には、万一事故に遭っても労災保険の適用はなく、むしろ他の方を怪我させてしまえば専らご自分の責任ということになり、背中のブランドの出前プラットフォームには一義的には責任がないということになりかねません。

 「多様な働き方」が必要とされている中、Webに掲載されている求人情報が、どこまで信用できるものなのか、「情報掲示の場」を提供しているプラットフォーム事業者の責任はどうあるべきなのか、そのプラットフォームを利用する人材が、適切に保護されてご自分を活かせる職場職業に出会えることをどう実現するかの視点を忘れてはならないと思うのです。
 新卒を除く入職経路の内、行政機関がその状況を把握しているハローワークや職業紹介事業者などによるもの全体の約30%、今回職業安定法の改正により「事業概況報告書」の提出義務などを課して新たにその状況を把握しようとしている「求人情報等提供事業者」も約30%だそうですから、従来の倍、厚労省はその状況を把握することになるわけですが、その上でいかなる行政を実現すべきかの法改正は、さらに今から5年後ということになりそうです。

 繰り返しになりますが、「老舗は100%信頼できる」とまではいかなくても、歴史ある事業者はその提供する情報や商品を、吟味して提示出品していた筈です。当該情報に関連する助言的情報や知見を提供してきた点や、あるいは不適切な情報を削除する編集作業を経て提供されてきたからこその信頼感の価値が問われているのですから、歴史ある職業紹介機能も例外ではありません。その提供する「助言」や、広範な知見から「編集された情報」の価値がもう一度問われることを自覚していただきたいと思います。
 一方で、プラットフォーム事業者は無責任なWeb空間の掲示板設置者であってはならないと考えます。その設置責任がどのようなものであるべきか、お上の規制に頼るのか、自主的な努力の積み重ねによることになるのか、これからの論議と行動に注目し、その結果に期待したいと思います。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)