労働あ・ら・かると
労働基準監督署の調査は労務の健康診断と捉えよう
社会保険労務士 川越雄一
労働基準監督署といえば、税務署と並んで経営者にとっては気になる存在です。まして、突然「労働基準監督署です」と来られれば、顔は平静を装うものの内心ドキドキするものです。ですから、できれば来てほしくないものの一つですが、視点を変えれば悪いことばかりではありません。それは、会社における労務の問題点を指摘してもらえるわけですから、いわば労務の健康診断みたいなものです。
1.頼みもしないのにやって来る労働基準監督署
来てほしくないものに限ってやって来るのは世の常ですが、労働基準監督署の調査もその一つではないでしょうか。
●何となく嫌なイメージの労働基準監督署
労働基準監督署と聞くだけで、思わず眉(まゆ)をひそめる経営者も多いのではないでしょうか。実際に悪いことをしていなくても「労働基準監督署=労働者の味方=経営者の敵」というようなイメージも強いからです。似たような役所に税務署、警察署などがありますが、共通した「署」の文字が何となく気になるものです。
●提示を求められる書類
労働基準監督署は、こちらからお招きするわけではなく、いきなりやって来ます。これを臨検(りんけん)といい、多くの場合は作業服みたいなものを着た2人連れです。そして、賃金台帳、出勤簿、就業規則などの提示を求められ、あれこれヒアリングとなります。そして、提示した書類を黙々と確認しながら付箋(ふせん)がペタペタと貼られていきます。
●自社の問題点があぶり出され
ひと通り調査が終わると、結果のあらましが伝えられます。自社では問題意識のなかった項目も、法律という物差しに照らせば問題点が浮き彫りになります。そして、違反項目を書いた文書をその場で、または後日交付されることになります。内容を見ると「こんな細かなことまで…」ということも少なくありません。
2.労働基準監督署は悪いことばかりではない
今は従業員が会社に対して堂々とモノ申す時代であり、場合によっては訴訟を起こされるなど会社の致命傷となることもあります。そう考えますと、事前に指導をしてもらえる労働基準監督署は悪いことばかりではありません。
●病気で怖いのは気付かないこと
病気も自覚症状があるものは良いのですが、そうでないもののほうが多いわけで、気付いたときには手遅れということもあります。それを防ぐために、多くの人は日頃から定期的に健康診断なり人間ドックを受けています。労務も同じようなことで、問題に気付かないまま放置しているととんでもないことになってしまいます。
●労働基準監督署も今の時代は良心的
労働基準監督署からあれこれと指摘されるのは気持ちの良いことではありません。しかし、今の時代は労務問題が原因で労働者から訴えられて裁判沙汰になったり、1人で労働組合に加入し、組合を通じて交渉してくる人だっています。そのようなケースにおける会社の負担は、労働基準監督署調査の比ではありません。
●労務の健康診断と思えば気も楽
労働基準監督署の調査は、基本的には会社に問題があろうが無かろうがやって来ますが、大きな目的は現状確認と問題点の是正指導です。ですから、無料でやってもらえる労務の健康診断と思えば気も楽です。「あの時、労働基準監督署の調査で指摘され、改善しておいたから大事に至らなかった」ということもあり得ます。
3.労務の健康診断で重症化を防ぐ
労働基準監督署の調査を労務の健康診断と捉えれば、まずは指摘事項に向き合い、指摘事項を一つひとつ改善することが重症化を防ぐ第一歩です。このようなことは体の健康診断と同じようなことです。
●指摘事項を理解して向き合う
健康診断には「要治療」「要精密」などのレベルがありますが、労働基準監督署の調査における指摘事項にもレベルがあります。法違反がある場合は「是正勧告書」、法違反はないが改善が必要な場合は「指導票」が交付されます。そして、それぞれの指摘事項レベルを理解し、それにキチンと向き合うことが重要です。
●安易なごまかしは命取り
労働基準監督署も今の時代は良心的と言いましたが、それはあくまで「是正勧告書」に対して期日までに是正して報告するなど、キチンと対応すればのことです。そうではなく、報告事項を安易にごまかしていると命取りとなります。健康診断でも結果に基づくお医者さんの指導を守らないと、とんでもないことになるのと同じです。
●早期発見・早期対応が肝要
病気でも労務でも問題点を早期発見・早期対応が肝要です。しかし、自分のことだとそれになかなか気付きにくいものです。ですから、労働基準監督署の調査というのは、会社自体が気付きにくい問題点を客観的に指摘してもらえる良い機会です。法律に照らして100%守っている会社は少ないでしょうがそれに少しでも近付けることが大切なのです。
労働基準監督署の調査はありがたいとまでは言えませんが、労務トラブル予防にはそれなりの効果があります。そのためには、調査を前向きに捉え、指摘を受けた項目を一つひとつ改善していくことが肝要なのです。